廊下じゅうに響いた悲鳴は、そっくりそのまま私の耳でもわんわんと響いた。背中に戦慄とも言うべきものが走る。


(今のってさっきの不良の……!?)


どうした、まさか掘られたか!?
廊下出て10秒で、アーッ♂的な展開とか恐ろしい過ぎるよ!

なんて、冗談めかしてみたがそんな冗談が通じない切迫した悲鳴だった。思わず今出てきたばかりの保健室に急いで引き返す。


「っどうしたの!?」


勢いよく保健室のドアを開けるとあのわずかな間で何があったんだろう、室内は惨憺たる様用を呈していた。
不良の一人は目から血を流しているし、空条くんは先生と取っ組み合っている。


「きみ!大丈夫!?や、大丈夫じゃないだろうけどとにかくこれで傷押さえて」


傍らにあったシーツを適当に手繰り寄せて不良くんに押し付ける。


「救急車呼ばないと……!電話は職員室か」


とにかく救急車だ。それから今保健室にいるとまずい。空条くんたちのとばっちりが来たら非常に危険だ。


「いい!?不良くん平気!?つらいだろうけど取り敢えず立てる!?そこの不良くんは彼を職員室に連れてって!」

「お、おう…!」


大急ぎで不良くんが保健室から出ていく。私は残ったが状況がいまいち掴めていない今、何をすればいいか正直分からなくなっていた。


「っ! 空条くん!」


空条くんの頬に先生の振りかざした万年筆が突き刺さる。


「来るな名字!この腕力女の力じゃねェ!操られてやがる!」

「その通り」

「!」


はっとして声の方へ振り向くとそこには今朝がたあったばかりの花京院くんが窓枠に腰掛けていた。


「その女医には私のスタンドがとりついて操っている。私を攻撃すればその女医を傷つけることになるぞ」


形の良い唇がついと左右に引かれ、酷く艶然な笑みがそこに浮かぶ。
───…ああ、わるいかお、だ。


「貴様、何者だ!」

「私のスタンドの名はハイエロファント・グリーン。私はあのお方に、DIO様に忠誠を誓った。故にJOJO、───貴様を殺す!」

「ぐっ!」

「ひぃっ!」


万年筆が空条くんの頬を突き破る。ひいっ!痛い!
思わずこちらが息をのんだ次の瞬間、


「───っ、ちょっ!?」


鮮やかな、余りにも鮮やかな一瞬で、空条くんは───先生とキスしやがりました。


(えっ、な、ちょっ、まッ!)


映画のワンシーンを見ていると錯覚するほど鮮烈で綺麗なそれに場違いにも赤面してしまう。
が、それも束の間、空条くんの唇が離れた先生の口からずるりと何かが引き抜かれた。
ひいいなにあれグロい!なんであんなん出てくるの!?サイズとか絶対おかしい!いやおかしいのはサイズだけじゃないんだけど!人の口から緑人間出てくるなんてランプの魔人もびっくりだよ!


「こ、これが花京院くんの……?」

「ああ。───こうやって引きずり出してみればなるほど、とりつくしか芸のなさそうな下衆なスタンドだな花京院!」


空条くんのスタンドが花京院くんのスタンド(ハイエロ…?ハイ何とかグリーン?)の頭部を鷲掴みにしている。空条くんのあからさまな挑発を受けた花京院くんがこちらを睨みつける。
瞬間、思わず心臓が跳ねた。


(……射殺す目っていうのは、こういうのをいうんだ)


まっとうに───少なくとも喧嘩をしことはないのだから───生活してきた私には殺気に対する耐性なんてまるでない。思わず身体が強張る。


「……僕を引きずり出したこと、後悔することになるぞ、JOJO」


苦々しくこぼす花京院くんの額にみしりと指の跡がつく。ちょうど、花京院くんのスタンドが掴まれているのと同じ部分だ。
スタンドがダメージを受けると、本体にフィードバックが来るのか。
ってことはなに、空条くんのスタンドが花京院くんのスタンドの頭を握り潰したりした日には……うああああ!自主規制自主規制っ!


「花京院、このままお前をじじいどものところに連れて行く。俺もDIOについて色々と知りたいしな」


ううう、頭ぱーんとか何それグロい。中身とか変な液体とかうええええ、まずいだってあれでしょう?今花京院くんのスタンドから出ているような変な液体がいっぱい───…変な液体?


「喰らえ我がハイエロファント・グリーンの───」

「空条くん!花京院くんのスタンド!」


思わず空条くんを引っ張って彼を下がらせようと試みた。
の、はずなのになんでこんなびくともしないわけよ!?


「花京院!変なことするんじゃねェ!」

「エメラルドスプラッシュ!」

「ヴァ、ヴァーム・オブ・マリア!」

「!」


不可視の壁が紙一筋の距離を残して攻撃を防ぐ。

よよよよよよかった……っ!
死ぬかと思った。マジ死ぬかと思った。花京院くんと空条くんが驚いた目でこちらを見ているが生憎私にはそれに対応する余裕がない。足が目に見えるくらい震えてる。


「名字……今の、」

「うんわかってる言いたいことは分かってる。私のスタンドです。私のスタンドの能力です。私がやったんです。ご、ごめ、空条くん、今ちょっと一人で立てないからちょっと学ランの裾掴ませて。鬱陶しいかもしれないけどちょっと学ランの裾握らせててくださいおねがいします後生です」


こちとらスタンドと戦ったことがないから何がなんだかわからないまま発動したんだからね。ほんと、これ有効でよかった……!


「きみは今朝の……なるほど、君もスタンド使いだったというわけか」

「や、その言葉、そっくりそのままお返しします。ああイケメンだからって心の中であんなにたくさん描写するんじゃなかった。十行近く描写した私に謝れし」


漸くしっかり立てるようになったので学ランから手を放す。我ながら早い立直りだけど、なんて言うんだろう。目の前にいる空条くんがやたら安心感をくれるんだよ。
うん。大丈夫。私これでも適応力は高いつもりなんだから。きっつい殺気も間一髪の攻撃も受けた。空条くんだってついてる。大丈夫だ。うん。もうなにもこわくない。

───…あれ、これ死亡フラグ?


「僕の邪魔をするなら君も痛い目を見ることになるぞ。……そこの女医のように」

「!? 先生っ!」


見れば保険医の先生が血を流して倒れている。どういうこと。空条くんは先生に危害をくわえなかったし、さっきのエメラルドスプラッシュのときだって先生は私の認識下に、結界の中にいたのに。


「てめぇ……何しやがった花京院!」

「その女医からスタンドが引きずり出されたとき、内部を少し傷つけてやったんだ。言っただろう、僕を攻撃することはその女を傷つけることになると。お前が悪いのだJOJO、お前がおとなしく殺されていればその女は無傷だった。お前の責任だ」

「な……!」


おまっ、いうに事欠いてなにを言っているんだこいつは!
無茶苦茶な花京院くんの言動に思わず怒りがこみ上げる。自分で先生にスタンド仕掛けたり傷負わせたりしておいてそれが空条くんのせいだって!?っざっけんなよ、そのおかしな前髪引きちぎってやろうか!


「……名字、離れてろ」


無意識に手を握りしめたとき、空条くんが私に背を向けたままそう言ってきた。その背中にただならぬ覇気のようなものを感じ、私は半ば本能的にその指示に従った。


「結界を解いてくれ。それから先生を見てろ」

「う、うん」


結界を張った瞬間消えてしまったから改めて出したのだろう、いつの間にか空条くんの傍らにはあの青いスタンドが立っている。


「アナスタシア」


傍らの聖女様にそういえば途端に膜か光の壁のように私たちを包んでいた結界は霧散する。私は後ろへと下がり、先生に止血を施した。


「……この空条承太郎は、」


ざり、と酷くゆっくりと割れたガラスを踏んで、空条くんは前へ一歩踏み出す。


「所謂不良のレッテルを貼られている。───だが、そんな俺にも吐き気のする『悪』は分かる!」


空条くんが声を張り上げた瞬間、空気が燃え上がった。
いや、そんなのは錯覚だ。だけどこの肌で感じる空条くんの怒りは、この激情は、ほかのどんな言葉よりもこの形容が似合ってる。


「『悪』とはてめー自身のためだけに、弱者を利用し踏みつけるやつのことだ!」


そう───空条承太郎は今どうしようもないほどに激昂しているのだ。


「『悪』?『悪』とは敗者のこと。『正義』とは勝者のこと。生き残った者のことだ。過程は問題じゃあない。負けたやつが『悪』なのだ」


花京院くんの言うことが分からないわけではない。歴史などは特にそれが顕著だ。勝者は自分のいいように後世に歴史を残す。敗者は勝者の正当性を示すために徹底的にこき下ろされ、悪だの逆賊だのという烙印を押されて歴史の闇にのまれていく。

……でも、ここで花京院くんの言葉に頷いてしまうのは違う気がする。


「さあ、くらえJOJO!エメラルドスプラッシュ!」

「敗者が『悪』だと?それじゃーやっぱり、」

「空条くん!逃げ…」

「てめーのことじゃねーか!」


空条くんのスタンドがエメラルドの輝きを弾き飛ばす。






それからはもう、一瞬の出来事だった。





攻撃を防がれたことに驚愕し、反応が鈍った花京院くんのスタンドを空条くんのスタンドが再び鷲掴みに目にも留まらぬ速さでパンチのラッシュを叩きこむ。
一際大きな引きから渾身の一発がとどめとばかりに繰り出され、花京院くんは壁に叩きつけられた。


(す、既に痛そうってレベルじゃない。……アーメン)


止血しようと気絶したらしい花京院くんに近付くとその傷の酷さに思わず十字を切ってしまった。てか壁もう崩れかけてるんですけど。
もうシュール通り越して乾いた笑いがこみあげてきそう。


「いい、貸せ」

「ちょ、それ怪我人!」


軽く包帯を巻いたあたりで空条くんが花京院くんを担ぎ上げる。ガタイがいいからか空条くんは割と長身の花京院くんを苦も無く担いでいるが、いやいやいやいやちょっと彼は俵じゃないんだよ!?怪我人なんだよ!?


「騒がしくなってきた。今日は学校をふける
ぜ」

「え、私も!?」

「ったりめーだろうが。此処にいると面倒なことになるぞ」

……ごもっともです。はい。
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