日本に生まれて良かったと思うことは多々ある。美味しいご飯、誠実な国民性、其れなりの福祉制度。
生活水準も高く、適齢期の子供はきちんとした教育を義務教育として受けることが出来るし、義務教育終了後の高校も学校は勉強をするための十分条件を満たしてくれる。即ち、然るべき過程を経て採用された教養ある教師、文献を始めとした豊富な勉強資材、或いは快適な空間。そう、その快適な空間のお陰で私たちはどれだけ救われているか分かるだろうか。センター試験を目前に控えた師走に、私たちが窓の向こうで吹いている風がどんなにか冷たいか知らずに黙々と『夏は夜』なんてやっていられるのはエネルギー資源の枯渇をまるで度外視してごうごうと焚かれているストーブのお陰なのだ。
だから、だからこそ解せないのだ。


なんでここだけ氷点下プラスアルファでブリザードが吹いてるんですかっっ!?


「おい、人の話聞いてんのか」

「あ、あはははは……」


すみません聞いてませんでしたなんて正直者(と書いて勇者と読む)になんてなれなかったので私は目の前(至近距離、近い近いちょう近いよ!)で睨みつけてくる彼に日本人が大得意なあの曖昧な笑みを浮かべてみせた。

彼、空条承太郎は私と同じクラスにいる所謂不良と呼ばれる輩である。授業を欠席するのも、途中でフケるのもザラ。上着からは煙草の香がするし、噂では料金以下の不味い飯にはお金を払わないとかやっちゃってるらしい。
しかしながらそんな彼のスペックはやたらと高い。当然のように喧嘩は負け無し──というより怪我したという噂も聞かないとか何なの?ねぇ何なの?──だし、授業に出てないくせに成績も抜群に良い。何よりもイケメンだ。そう、イケメンなのだ。大事なことなのでもう一回言っておこう。空条承太郎はイケメンだ。キリッ。

で、そんな神に二物も三物も与えられた不良(ただしイケメン)と特に問題もないただの平々凡々な私に一体何の接点があるというのか。いや無い。
だからホント、なんでこうやって窓際まで追い詰められてるのかちょっとよく分かりませんね。
何なんですかあれですか、ちょっと前に流行ってた壁ドンとかいうやつですか。個人的になんであんな昔からある王道萌えシチュが今更改めて流行ったのかよくわかりません。
壁ドンいいよね壁ドン。このまま告白→キッスの流れですね。何回も経験あるからわかります。画面の中での話だけど。
問題なのはこの状況が二次元じゃなくて三次元だということだ。というかそれ以前にこんな殺伐とした状況でそんなの在りえねぇよ。俺の知ってる乙ゲーと違う。
怖いよ怖いよ怖いよマジで怖いんですけど。誰か助けろください。
私が何したっていうのさ。そこでキャーキャー言ってる女子の誰か私と場所を交換して下さい。譲るから、喜んで譲るから。


「く、空条くん?私にどういった用件が…?」


ホント、マジで何したし過去の自分。記憶をいくらひっくり返したって彼となんかあった、或いは彼に関わるような出来事なんて出てこない。
私と空条くんには接点なんて全くない。


「さっき、お前の後ろに現れたものは悪霊か?」





──全くない、はず、なのに。





「…………え、と……何のことですか…?」


私に霊感なんてからっきしだった。心霊写真の類も見たことがないし、神が遣わした精霊の力とやらも感じたことがない。
だから知らない。
私の背後に現れる彼女は、悪霊なんかじゃない。


「とぼけてんのか」

「っ!」


空条くんの背後に突然にゅっと青い男の人が現れて思わず悲鳴を上げそうになった。
やばいやばいやばいなにこれ超怖い。これなんてホラー?あ、空条くんが言う悪霊ってこのことですか。
うんこれは突然現れたら心臓止まるレベル。いや止まんなかったけどさ。


「やっぱ見えてるんだな」


言われてはっとした。突然の出現に思わずガン見してしまったが私のと同じように普通の人には見えないのだとしたら、傍目からは私はただ宙を凝視いているだけなのだ。空条くんにばれないはずがない。
私に彼の背後のものが見えたように彼も私の背後にいた彼女を見たのだろう。だからこそ私に話しかけてきた。
それは悪霊か、と。


「おい名前、」
「──…悪霊なんて知りません」


うああああやっちまった!思い切って言ったはずが空条くんのセリフ遮っちまったよ!タイミング悪ッ!
やべぇよこれでてめぇなに俺のセリフ遮ってんだよとかなったら私死亡フラグ。コンクリ詰めで東京湾にダイビングだわ。いやそれ不良じゃなくてヤのつく自由業の皆さんか。
じゃ、なくて!

あうあうあうあうあ……空条くんがこっち見てる。幸い別段怒った風じゃないけど。でもその巨体に見下ろされるとこっちはそうでなくても恐怖を感じてしまうんだよ!こっち見んな。あ、いや今のナシ。ナマ言ってさーせんしたぁぁぁぁぁぁ!
ていうか何も言わず見てくるのは続き促しているからなのかな。いいの?大丈夫?


「……えぇ、と……悪さもされたことないし、誰かにしたこともない。私には何にもわかんないけど、私に何か憑いてるとしても、それはきっと悪霊じゃないと思ってる。だから悪霊なんて言わないで欲しい、かな?……なんちて。あ、あはははは…」

「───…」


空条くんは透き通った緑の目で私を見ていた。何かの宝石みたい。すごくきれいな色味だ。
あ、でもやば。ちょ、私をそんなに見ないでください。折角いいこと言い切ったのに照れるからやめて。マジでやめて。いいこと言い切った余韻の残るちょっとかっこいい顔(と言っても元が残念だから大したことないけど)でいさせて。照れる照れる。


「……そうか」


照れてるのを悟られまいとこっちも空条くんを見つめ返していると、唐突に空条くんが壁ドンしていた手を放して距離が離れた。空条くんの緑の瞳は帽子の影で隠れてしまう。


「引き留めて悪かったな」


足もとまである学ランを翻し、空条くんはそれっきりだった。なに、何だったの。新手のドッキリじゃないよね?

ふー、と緊張が解けるのと同時に私はどうしてこうなったのか考えた。さっきの体育の時間のがばれたのかな。うああ、それな気がする。ってか空条くんにもああいうのついてたんだね。私以外のそういう人初めてだわ。空条くんにとってもそうだったのかもしれない。だから単なるクラスメイト風情の私に声をかけてきたんだろうし。
でも。


(……見逃して、くれたんだよね)


私が嘘をついていると知った上で信じてくれた。そのまま解放してくれた。
空条くんって噂ほど怖い人じゃないのかも。





なんて、そう思った数日後、空条くんは拘禁場に入ったというのだから世の中なかなかどうして分からないものである。
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