雨が降っている。
大地を穿つようなそれは、まだ息絶えたばかりの肢体たちから生の残り香としての体温を奪うように、或いは生者の心を責め立てるかのように容赦なく全てのものを叩いていた。
折れた旗が惨めな死体に引っ掛かっていた。累々と重なった死体で地面が見えない。死後硬直した肉を踏みしだきながら歩けば、疲弊した脚がすぐに取られてしまう。窪んで血を流した眼窩が生き残った自分を怨み、お前も冥府の道道連れにしてやろうかとでも言われている気分だ。
雨で髪が顔に貼り付く。眼前に広がる死体の山よりもそれが不快で堪らない。打ち付ける雨が無慈悲に体温を奪って、代わりに苦痛ばかりを残していくので姜維は足元の死体から幾つか布を引き剥がして身体に巻いた。薄いが、無いよりはマシだ。血を吸ってすっかり黒くなったそれは元は濃紺だったのだと思う。
今日だけで幾らその色を纏った人間を殺しただろうか。彼自身が何百という兵を屠り、彼の策は何千という将兵の命を奪った。
結果として戦に勝った。勝って得たのは死体ばかりが転がる土地で、その為に犠牲にしたのは味方の、他ならぬ蜀の民の命だった。

視界が煙る。遠くまで満足に見渡せない。疲労が彼に出させた溜め息もまた白く彼の網膜に映った。


「──…名前」

「きょう…い」


死体の上に座り込む背を漸く見付けて姜維は小さくその名を口にした。声を掛ければ彼女はのろのろと振り返り、気だるそうに彼を見上げた。生気の宿らない、此処ではない何処か遠くを見ているような目は今彼女の足元で潰れている死体の空っぽの眼窩と何も違わない気がした。以前の彼女はこんな目をする人間ではなかったのに。そう、姜維は思う。
劉備がいて、諸葛亮がいて。名前が姜維の前に現れたのは蜀が最も豊かだった時だった。おかしな格好をした彼女は自分が未来から来た人間だと彼らに言った。俄に信じられる話でもなかったし、誰も信じなかった。だが彼女のひたむきさと誠実さ、そして主君の劉備が人格者だったことも手伝って、彼女は次第に蜀に受け入れられていった。


「姜維……苦しそうな顔してる」

「……ぇ、」


「戦に勝ったのに姜維は笑ってくれない」


虚を突かれた姜維を置いてゆくかのように彼女の唇は小さく、狂気にも似た何かを孕んだ幾つもの彼が理解し得ない言葉を紡ぐ。
どうして?勝ったのに。まだ終わってないの?姜維が笑顔になるまで私頑張るから。何百だって、何千だって敵兵を殺すから。だから。
ねぇ教えて姜維。私はあと何人敵を殺せばいい?何百?何千?幾らだって殺せるわ。どのステージをクリアすれば貴方は幸せになるの?どんなイベントを出せば良いの?蜀のシナリオをクリアするにはあと何章残ってるの?わからない。わからないよ。どんな攻略本にも攻略サイトにも載ってないの。全然わからないよ。どうしたらいいの?
ねぇ姜維、私貴方を愛してるの。貴方に笑っていて欲しいの。貴方に幸せであって欲しいの。だから私が貴方を守るから。そうよ、姜維のいるステージならいつだって窮地には助けに行ってた。姜維だけやたら育ってた。武器だって貴方のだけは必死になってレア武器入手したのよ。ね、それぐらい愛してるの。貴方が辛いと私も辛いの。姜維が幸せになってくれなきゃいやなの。姜維には笑っていて欲しいの。だからその為には何だってする。そう、何だってよ。ねぇ、だから、ねぇ。





幸福の条件を教えて下さい


いっそディスクを壊せば良いのか。
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