血溜まりに己の手が沈んでいた。赤い水面に映る反転した世界を茫とな眺めながら、随分と遠い場所へ来てしまった気になった。
彼女に最後に愛してると言ったのが、随分と昔のことに思える。いや、実際に随分と昔なのだ。五丈原に臥龍・諸葛孔明が墜ちてからもう30年経ったのだ。
……ずっと、置いていかれたと思っていた。
しかし、置いていったのは自分の方だったのだ。
あの小さな家に、彼女と彼女としたほんのささやかな約束を置いて、自分はこんなに遠くへ来てしまった。
───瞼が重い。
耐えようとすら思わず、視界は狭まってゆく。
───…嗚呼、
目蓋の裏に女が見えた。
知らなかった。こんなにも寂しそうな顔をしていたのか。
そう、自分は何も知らなかった。
───すまない、
今度、
……今度こそは、
次に目を開けたとき
国も責任も───自分を縛る全ての戒めから解き放たれて、
私はただただ純粋に、貴女を愛せるだろうか