「雁夜さん雁夜さん!」
彼女は俺に話し掛けるときよく俺の名前を呼ぶ。
「やあ、名前じゃないか」
「こんにちは雁夜さん。あれ、もうこんばんはの方が良いのかな?」
軽やかな足音と共に小柄な女性が俺に駆け寄ってきて満面の笑みでそう言ってきた。
名字名前。同じアパートの住人で、俺の隣人だ。
「微妙な時間帯だな。今帰り?」
「はい。雁夜さんもですか?」
ああと頷くと名前は何が嬉しいのかにこにこと笑って俺の隣に並んだ。どうせ帰るのは同じアパートだしいつものことなので特に気にもしない。
「あっ、ブリですか?」
名前が俺の買い物袋の中を覗いてそう訊いてきた。
そうだと頷いて安かったからと続けると彼女はさも良いことを思い付いたとでも言うように手を叩いた。
「雁夜さん雁夜さん!じゃあ今晩はブリの照り焼きにしましょう!あとお味噌汁はえのきとお豆腐で、一緒に白和えを付けます。あ、メニューそれで良いですか?」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「えへへ、楽しみに待ってて下さい」
名前はふにゃりと笑ってそう言った。
アパートの隣人である名前と知り合い、こうして一緒に食事を摂るようになってからは彼女の料理が俺の楽しみの一つだ。俺は記者という職業柄、食事や生活習慣が崩れがちだが夕食ぐらいはできる限り彼女と食べるようにしている。
俺と名前が一緒に食事をするようになったのは……まぁ、色々あったというか、その、成り行きだ。
それに俺は食材さえ提供すれば金を払って食べなきゃいけないような飯が食えて、名前は調理するだけで食費が浮く。言うなれば利害の一致だ。
それから一人より二人で食べた方が飯は美味いというのは俺たちの間の共通意見なのだ。
「雁夜さん雁夜さん!」
「ん?何だ?」
「いえ!呼んでみただけです!」
「お前なぁ……」
呆れてその先を続けるのも面倒だった。
名前のこういうのは今に始まったことじゃない。
俺は頭をぐしゃぐしゃと撫でてやろうと思ったがこう見えて名前はそんな歳ではなかったと思い直し、頭を小突くだけにした。