兎に角システム管理側に報告せねばと名前は選定の場を出ると一目散に目的の場所を目指した。
「……教会?」
「そ。NPCを総括してるNPCが神父さんなんだよ」
「神父、ね」
「え、ちょ、切嗣?」
「何だい?」
「目ぇ据わってるんだけど」
「ああ、昔殺したいほど嫌いな───というか実際殺し合いをした神父がいてね。……くそ、思い出したら胸糞悪くなってきた」
「何そのアグレッシブ神父。超怖い」
一体どう転んだら神父と殺し合いをする羽目になるんだ。隣人愛は何処に行った。片方の頬を殴ったら反対の頬を出してくるどころかグーで内臓破壊してくる神父とかだったら怖すぎる。
(それにしても生前の切嗣は何してたんだろ)
さらっと殺し合いとかいう物騒なワードがでてくるし一般人ではないことは確かだ。
「入らないのかい?」
「あっ、うん」
扉に手を掛けた状態で静止していた名前は切嗣に促されてはっとした。まさか切嗣に彼自身のことを考えていたなどと悟られては恥ずかしいので誤魔化すように彼女はその扉を開けた。
神聖で、しかし何処か陰鬱な空気が彼女の肌に触れた。静寂に満ちた礼拝堂の中ではかすかな扉の軋みすら耳に響く。
「おや、」
そしてそれは祭壇の前にいた男に彼女の存在を知らせるには十分だった。
「君かね名字。君が神に祈るような殊勝な人間だったとは驚きだ」
「あのですね言峰神…」
「言峰綺礼ッ!」
言峰に言われた皮肉に名前が言い返すより早く、彼女の後ろにいた切嗣が言峰に拳銃を突き付けた。
「何故お前が此処にいる……!」
「む、」
「え、ちょ、切嗣ッ!?」
「顔立ちは僕の知っているものと多少違うがその虚のような目も陰鬱な雰囲気も全て言峰綺礼のものだ。……言え、今度は何を企んでいる」
切嗣の発する殺気が名前の肌を刺す。このままでは本当に発砲しかねないと彼女は戦慄した。
「切嗣止めて」
「放すんだ名前、君には関係ない」
「言峰神父の基になった人と切嗣に何があったかは知らないけど、この言峰神父はNPC。危害を加えるなら令呪使ってでも止めるよ」
「NPC…」
失念していたかのように切嗣ははっとして銃を下ろした。しかしまだ何か思うことはあるらしく忌々しげに言峰を睨んでいる。
「私は言峰綺礼だがあくまでもムーンセルが記録した『言峰綺礼』を基にしたNPCだ。思考・行動などは彼と同じように出来ているが彼の記憶を私は有していない。故に私は銃を向けられる筋合いはないのだが……それがお前のサーヴァントか名字」
「……はぁ。言峰神父は言峰神父でさっきまで銃突き付けられてたのに平常運転なんですね」
NPCだからなのかそれとも生前からそうだったのか。名前には何となく後者のような気がしないでもなかったが、そこは敢えて言及せず切嗣と言峰の間に割り込んだ。会話の途中でさっきのようなことがあってはたまったものではない。切嗣はそんな彼女の後ろで不服そうな顔をしながら空間に溶けた。もう我関せずを決め込むらしい。
「その私のサーヴァントなんですが、色々と問題がありまして。それについて訊きにきたんです」
「問題?」
話してみろと促した言峰に名前は事の次第を説明した。言峰はそれを黙って聞いていたが、彼女が話を終えるとふむ、とひとつ頷いた。
「まあ大体は把握した。まあ端的に言えばお前の言う通りバグだな」
「あ、やっぱり」
「衛宮切嗣は先ほど私と面識があることを示唆する行動をとった。つまり地上での聖杯戦争に参加していたということだろう。
そしてムーンセルは、この聖杯戦争を行うにあたり地上の聖杯戦争に所縁のある人間を基にしたNPCを作っている。私や間桐桜などがそれだが……恐らく衛宮切嗣は同じように当初NPCとして構成される筈だった。しかし何らかのバグでサーヴァントとして構成されてしまった、という推測が立つ。ただ、その『何らかのバグ』が一体何かは私にも分からんがね」
「切嗣はNPC……システムのバグなら、私には新しいサーヴァントがつきますか?」
「いや名字に現れた令呪や魔力のパスなどを鑑みると衛宮切嗣は既に君の正式なサーヴァントだ。このプログラムを変更するには流石に時間がかかる上、最悪サーヴァント・衛宮切嗣の消滅をセラフは君の敗北と認識して君は戦わずして電脳死する可能性もある。
君がサーヴァントの変更を希望するなら私はそれを行うが…──どうするのかね?」
(最低!この神父最低だ!)
にやりと悪人面で笑った神父を見て名前は本気でそう思った。時間がかかると言うのは1、2時間と言うレベルではないだろう。恐らく本戦のモラトリアムに食い込んでくる。それは他のマスターたちがサーヴァントを強化している間に自分は宙ぶらりんになるということだ。それもさることながら、最悪の結末を仄めかされてはもう「じゃあサーヴァント変更します」なんて言えるわけがない。
言峰の言動はそれを踏まえた上である。名前は切嗣ではないが、うっかりこの外道神父を殴り倒しそうになった。
「決めたか?」
「ええ、ええ、分かりました。私は切嗣と聖杯戦争に参加します。早速準備始めるんで今日は失礼しますさようなら最後一発殴って良いですか?」
「君が左の頬を殴るなら私は往復ビンタを返してやるが?」
「ヤッパリイイデス」
丁重にお断りして教会を出ると背後で切嗣が実体化した。
「……別人でも嫌な奴だった」
「あはは。切嗣の気持ちが分からんでもなかったかな」
渇いた笑いを溢して名前は切嗣に同意した。これで本当に、彼は名前のサーヴァントということになった。ちらとその顔を覗き込む。
「これで切嗣は正式に私のサーヴァントなわけだけど、よく考えたら私最初から今まで失礼だったよね」
バグやらエラーやらイレギュラーな展開で混乱していたとはいえ随分な言い種である。
これから一緒に戦っていくにあたって切嗣とは良好な関係を築いていきたい。
「なんていうか、ごめん。これからは仲良くして頂けるとうれしい、です」
やりづらそうに右手を差し出してきた名前に軽く笑って切嗣はその手を握り返した。