わたしよりも随分年上なのに少し子どもっぽいところ。片付けが苦手なところ。大人ぶるところ。やる時はやるところ。本心を見せないで切なそうに微笑むところ。
数え挙げたらキリがない。けれど琥太郎先生の好きなところを見つけるのは楽しい。
琥太郎先生の彼女になって早数年。初めはわからないところだらけで理解できないことも沢山あった。わたしをやけに子ども扱いするところも気に障り喧嘩したこともあった。お互いがお互いを信じ切れず別れを切り出したこともあった。でも振り返ってみると今ではなんだか微笑ましく思う。あの頃は確かに辛かったのに笑い話にできるほどわたしは大人になったのかもしれない。琥太郎先生と一緒にいて少しは成長できたのかな。
「おい、なに一人でにやにやしてるんだ?」
「ふふっ、なんでもなーい」
「お前のことだ。どうせ昔のことでも思い出していたんだろう?」
「琥太郎先生はなんでもお見通しですね」
「なんでもじゃない。なんとなくの間違いだ」
そう言って笑う琥太郎先生。出会った時よりも穏やかに笑うようになった。わたしもなんとなくだけど、そんな気がする。琥太郎先生もわたしと一緒にいることで変わっているのかな。だとしたらそれ以上に嬉しいことなどない。
久しぶりの休日。わたしたちは少し遠出して最近リニューアルした水族館へ来ていた。目の前を優雅に泳ぐ魚たちにわたしは目を奪われて、小さな子どものようにはしゃぐ。そんなわたしに琥太郎先生は終始苦笑していた。
「琥太郎先生見て!まぐろが沢山泳いでるよ!」
「ははっ、美味そうだな」
「先生、それ水族館で言う台詞じゃないです」
「そうか?あっちにはカニもいるぞ。水族館は食材の宝庫だな」
「何かが違う気がします…」
他愛のない会話を楽しんで、わたしたちは久しぶりのデートを満喫していた。ふと琥太郎先生がペンギンのいる水槽に立ち止まる。じっと何かを思案するようにペンギンを見つめるからわたしは不思議に思って声を掛けた。
「琥太郎先生、ペンギン好きなんですか?」
「ん、まぁな」
「ペンギン可愛いー」
「お前に似てるなって思って」
「えっ…!」
「あの腹の出っ張り具合とかな。ほら、あそこのやつなんてお前にそっくりだ」
「もー!琥太郎先生、それ褒めてないです!」
「愛嬌があって可愛いって言ってるんだ。なんでもマイナスに考えるんじゃない」
クスクス笑う琥太郎先生。ちょっと悔しいけれど、こういう冗談は気の許した相手にしか言わないことをわたしは知っているからなんだか嬉しくなった。
「じゃあ今度はわたしが琥太郎先生にぴったりな海の生き物を見つけて例えてみます」
「それは楽しみだな」
「んーなんだろう。サメっぽくはないしイルカでもない…マンボウ?いやちょっと違うかなぁ…」
「フィーリングでいいぞ?そんな真剣に考えなくていい」
「いやです。ちゃんと考えます。んー、どれだろう?」
水族館内をクルクル回っていると、次第に幻想的な空間にやってきた。そこは薄暗い中に透明な光を放つ生き物が展示されている。ふわふわゆらゆら。不規則で掴みどころのない小さな透明にわたしは目を奪われた。
「クラゲか…」
琥太郎先生は呟く。
わたしは水槽の中で静かに泳ぐクラゲを見て琥太郎先生を彷彿させた。
「琥太郎先生なんだかクラゲっぽいです」
「俺が?」
「はい。掴みどころのないところとか何考えてるかわからないところとか、そっくりです。妖艶なところとかも…なんだか似てる…」
「お前にしては随分シリアスだな」
「へへっ」
「そういえばクラゲって漢字で確か海月って書くんだよな」
「ますます琥太郎先生っぽい!」
「?」
「なんとなくです!」
わたしの回答に苦笑する琥太郎先生。その左手にわたしの右手をそっと通わせる。それからそっと、きゅっと、握った。指先から伝わる体温に心まで温かくなる。見上げると琥太郎先生はわたしの行動など見透かしたように微笑んでいた。
(ずるいな…)
そう思ったから、今日はさよならの時間までキスしてあげないって心に決めた。
‥fin‥