たとえばさ、私にもほんの少し先の未来が見えるとしたら。
それはどんな色をしているのだろう。
「一樹さんの見ている世界が見たいな…」
ぽそり、呟いた。
本当に何気なく出た言葉。
特に深い意味なんてなかった。
「俺の見ている世界?」
「そうです。一樹さんの見ている世界。」
「おいおい。名前は誕生日で遂に頭がおかしくなったのか?」
「ひっどーい!そ、そりゃ一樹さんに比べたら頭は幾分おかしいかもしれませんけど…!」
「ははっ、冗談だよ」
そう言って一樹さんは私の頭をわしゃわしゃする。
まるで扱いが恋人ではなく犬だ。
そう感じたので私はむすっと口を尖らせて軽く睨む。
「一樹さんは私を女の子扱いしてくれませんね」
「なんだよ急に」
「いつも扱いが犬みたいです」
「そうか?」
「もっとちゃんと女の子として見てください!」
(今日は…私の誕生日なんだし…。)
誰もいない屋上庭園。
私は一樹さんに訴える。
一樹さんはいつも大人で。
ぶっきらぼうで、傲慢で。
でも優しくて、誰よりもみんなのことを考えてる。
そう、自分をいつも犠牲にしてまで。
一樹さんは私の何歩先も前を行くから。
私はついて行くのに精一杯で、追いついたと思ったらまた先に行ってしまう。
これは私の主観的な感じ方なのかもしれない。
でも私たちの歩幅が合うことはないのだろう。
いつも大人でずるい。
この人は、ずるい。
「一樹さんから私は一体どういう風に見えてるんですか」
「おいおい。名前、怒るなよ」
「怒ってません」
「この膨らんだ頬が物語ってるぞ」
そうやって私の頬に手を伸ばす。
やっぱり子ども扱い。
今日は私の誕生日なんだから、今日くらいはちゃんと女の子扱いしてほしい。
だから思わず言ってしまった。
考えなしに言ってしまった。
「一樹さん!私は女ですか!?」
いろいろと想いが募って、いろいろと大切な言葉が抜けてしまったらしい。
一樹さんはしばらく固まってしまった。
そして沈黙が続いた後、肩を震わせて突然笑い出した。
「名前、ククッ…お前は女だろう?」
「なっ!ち、違います!私が言いたいのはそういうことじゃなくって…!」
女の子としてちゃんと見てくださいって言いたいだけなのに…
私のバカバカ!
でももっとバカなのは目の前の一樹さんだ。
「バカずきさん…!」
「俺の名前はかずきだ」
「バカずきで十分です…!」
いつの間にか視界が歪んできた。
ああ、情けない。
自分の誕生日なのに泣いちゃうなんて、情けない。
でも一樹さんが悪いんだ。
もう知らない!
「名前…?」
「………」
「泣いてるのか」
「…泣いてません」
「俺の目を見て同じことが言えるか?」
「…っ、」
一樹さんはフッと笑い、私を抱き締めた。
途端に一樹さんの匂いが私を包む。
「一樹さんが、ちゃんと私を女の子扱いしてくれないから悪いんです」
「ああ、悪かった」
「一樹さんの目に映る私は、きっと可愛くないんですね」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「じゃあ…!」
「ああもう、少し黙れ」
至近距離で一樹さんが呟く。
私の頬を両手で挟み、顔をくっつけて。
一樹さんの端正な顔が間近に見れて、不覚にもときめいてしまった。
視線を逸らそうとした瞬間、ふわっと唇が重なった。
「…っ!」
外気は寒いけど、触れられている唇は温かくて。
涙も止まってしまった。
「名前は可愛いな」
「…そんなこと…、」
「俺が可愛いと思ってるんだ。文句あるか?」
「…一樹さんは、勝手ですよ…」
「ははっ、そうかもな。でも…」
「…?」
― こういう風に言い合える名前との時間が、俺には一番幸せなことだから…許してくれないか?
耳元で囁かれた言葉は毒。
一樹さんの幸せ。
それは私の幸せでもあるから、何も言えない。
「よーし。今夜は名前を女にするか!」
「なっ!一樹さん!その言葉、ちょっと誤解を招きます!」
「たっぷりと愛してやるからな」
名前、お誕生日おめでとう。
結局、あなたのその一言で。
私は何度でも幸せになれるんだ。
‥fin‥