錫也と付き合ったら。side.ヒロイン







錫也と出会ってもうどれくらい経つのだろう。長いように思えて実際は口にするとまだまだ短い気がする。時を重ねるごとに錫也のことを一つずつ知っていった。でもそれと同じくらい錫也を知らない自分に苛立ちを覚えた。わたしはまだまだ錫也を理解できていない。ただその事実が、氷の刃のように胸に突き刺さる。もっと知りたいと思えば思うほど、わたしは彼の幼馴染みであるあの子を羨んだ。


わたしがどんなに望んでも彼女になることはできなくて。私の知らない錫也を知っている彼女を時々疎ましく思ってしまう。そんな自分に嫌気がさす。

それを言うと彼女は笑うけれど、わたしには笑う余裕などなくて、自己嫌悪だけが痼りのように残る。


わたしはわたしが嫌い。
どうして錫也は彼女ではなくわたしを選んだのだろう。聞きたい。けれど怖くて聞けない。見た目も性格も彼女が良いに決まってる。なのにどうして錫也はわたしの傍にいてくれるのか。



「なぁ、さっきから考え事?」


首を傾げて尋ねる錫也。風呂から上がったのだろう。その髪は濡れていて滴が僅かに落ちる。


「う、うん。そんなとこ!」

「最近お前、ぼーっとしてること多いから心配なんだ。何か悩みがあったら俺に言うんだぞ?」


錫也に関する悩みです、だなんて言えない自分が情けない。わたしがもっと自分に自信が持てたらいいのだけれど、そんな簡単な問題ではない。いつまでわたしはこのもやもやする不安と隣合わせでいなければいけないのだろうか。いや、もしかしたら錫也と一緒にいる限り消えない問題なのかもしれない。そう思うとため息が出た。


「そんなため息してたら幸せが逃げるぞ?」

「うん…」

「お前のことだからどうせまた小さなことで悩んでるんだろ?」

「そうかもしれない」


でもそれは錫也にとっては小さなことかもしれないけれど、わたしにとったら今後を揺るがす大きなことなのだ。


(もっと自分に自信を持ちたい)


錫也の隣にいて恥ずかしくないほどに。


「錫也は…どうしてわたしを選んだのかな…」


心の中で呟いたつもりがいつの間にか口に出していた。錫也は目を見開いてわたしを見つめた。

怒らせてしまった?
悲しませてしまった?

錫也の瞳を直視できなくてわたしは俯くことしかできない。どんな言葉が降ってくるのか、怖くてわたしはキュッと目を閉じた。すると錫也は「バカだな」と言ってわたしを優しく抱きしめた。ふわりと香るシャンプーの匂い。ああ、わたし今錫也の腕の中にいるんだ。ほっとした安心感と、さっき言った言葉に対する罪悪感が入り混じる。


「俺はお前だから好きになったんだよ。他の誰でもないお前に出会って、恋をしたんだ。それ以外に何かあるか?」

「わたしなんかを選んだ錫也がわからないよ…」

「こーら。わたしなんかなんて言うな。俺はお前だから好きになったんだって言ってるだろ?俺が好きなお前を卑下するのは許さないよ。たとえそれがお前自身でも」

「錫也は変わってるね」



こんなわたしがいいなんて、本当に変わってる。わたしはこれから先もまだまだ自分に自信が持てないと思う。でも錫也はそんなわたしごと包んでくれる。その海のような広い優しさに抱きしめられた腕の中涙を流した。「お前は泣き虫だな」そう言って微笑む錫也の背中にわたしも腕を回した。


この不安は消えることなどないのだろう。錫也といる限りわたしの頭の中から離れることはないと思う。それでも一緒にいたい。錫也と共にまだ見ぬ未来を歩いていきたい。

今はただ、甘さと切なさが残る感情を胸に、錫也の優しい温もりに包まれていた。











‥fin‥