ワガママ





あの日東月君に言いかけた言葉、私の中に隠してよかった。
振られるってわかっていて告白するほど私には勇気なかったし、何よりそこまで精神強くできてなかったから。

だけどあれから何年経っても私の中から彼が消えることはなかった。時間が経てば消えると思っていたこの気持ちも、そう簡単に消えてはくれなくて。変わらない想いを抱いたまま、季節ばかりが変わっていった。


私は彼の一番になりたかった。


でもそれは叶うことのない願いだった。なぜなら彼にはもう一番の女の子が居たから。
どんなに望んでも私は彼女になれなかったし、彼もまたそんな私の気持ちを知ってか知らずかどこかぎこちない接し方しかしてこなかった。
それでも恋心とは残酷なもので、やはり簡単に消えてくれるものではない。

今でも思う。
あの日東月君に私のワガママを告げていたら、東月君はどう答えてくれただろう。











「同窓会?」


社会人になって3年目の冬、突然元同級生から電話で告げられた。


「ゼミで一緒だった子たちだけで集まってやるの。勿論出るでしょ?」

「ちょっと待ってよ。私まだ参加するとは言ってない」

「えー。アンタの参加は絶対。だってあたしたちのゼミ生はアンタと東月君のおかげで卒論クリアしたようなもんでしょう?メインが来なくてどうするの」

「そんなこと言われても…」

「ほらほら、アンタは参加。はい決定!」





半ば強引に参加が決定してしまう。
用件が済んだとばかりに電話が切られそうになる前に、私は携帯を握り締める手を強くし、友人を引き止める。


「あのさ!東月君は…参加するのかな?」


私の声が震えてなかったか心配だったけど、友人は気にしてなかったのか至って普通に返事をしてきた。



「東月君はこれから誘うとこ。まだわからないけど参加させるよ〜」

「そっか」

「じゃあ、絶対来てね!」



プツッと通話が切れる。


(東月君が来るかもしれない…)


ただそれだけのことなのに未だに胸がときめくのはなぜだろう。
でもそれは甘みを帯びたものではない。どこかキュッと締め付けられる痛み。
もうこの恋は私の中で終わったものだと言い聞かせていたけど、現実はそうではない。私は小さくため息を吐いて12月の夜空を見上げた。









同窓会当日、ゼミで一緒だった子たちがほとんど揃った。その中に東月君の姿はなかった。どこか残念な気持ちを抱く自分と、よかったと安堵する自分が居て私は複雑に笑う。


「東月君、来るって言ってたんだけどなぁ」
「仕事でしょう?仕方ないよ」


他数名と3年振りの再会に、昔話やら現状の話を楽しむ。
たった3年だけどみんなどこか大人っぽくなった気がする。それは社会人になったからだろうか。学生の頃とは違うオーラがあったけど、話してみるとあの頃と変わらない笑顔があり、私は置き去りにされてないことを悟る。


(私はあれからちゃんと成長できたのだろうか)


いつまでも東月君を引きずってないで前に進まなきゃ。甘い酒を片手に心に誓う。









「遅くなった!ごめん!」



彼の声が耳に飛び込んできた。
懐かしい、温かみのある低音。
顔を向けると想い続けて止まなかった東月君の姿がそこにはあった。


「待ってたぞー東月ー」

「始めちゃってたよ」

「ほらほら座って!」



周りが東月君を迎え入れる。
そして私の真ん前にきた彼。その彼と瞳が合う。



「久しぶり」


東月君が笑いかける。ただそれだけであの頃抱いていた気持ちが一気に押し寄せてきて、私は思わず俯く。


「大丈夫?」

「……」

「体調悪いのか?」

「え、アンタ体調悪かったの?」

「……」



どうしよう。目の前に東月がいる、ただそれだけなのに、泣きそうだなんて。


「ちょっと飲みすぎちゃったのかも、お手洗い行ってくる」


みんなにそう言うと私は立ち上がり席を外す。
驚いたよね、変な奴だよね。
ずっと恋い焦がれていた東月君。
あの頃自分の中にしまい込んだ想いが、今どうして溢れようとしてくるの。



好きだったって言えれば満足なの?


留めた想いと止まらない時間。
私は、私は…まだ東月君のことがこんなに好きなんだ。



お手洗いに行くと見せかけ、私は居酒屋の外に出る。
見上げれば夜空には冬の星座オリオンが瞬いていた。でもなぜか滲んで見える。それは私が泣いていたからだろうか。
しばらく星を見つめていた。
夜風が肌を冷やす。
上着を置いてきたから12月の夜風が容赦なく突きつける。
そろそろ戻らなくちゃ心配するかな…と思い、振り返ると、東月君が居た。



「東月君…」

「ごめん、様子がおかしかったから…」

「……」

「風邪ひくぞ?」



ふわりと微笑む彼の優しさに、せき止めていた想いが一気に溢れる。



「東月君!」

「なぁに」

「私、私ね…!」





答えは言わないで。
伝えたいだけだよ。
それ以上はいらない。

だけど人はきっと欲深いものだね。
もっともっと欲しくなる。




変わらない想いが降り積もる景色。
あの頃言えなかった、伝えられなかった小さなワガママを今伝えようとしたのに。
東月君はただそっと抱き締めてくれる。
「そばに居て」の私を包むように……。

















‥fin‥