初めて













ー ねぇ錫也、初めて出会った日のこと覚えてる…?



夜、眠りに就くまでの浅い時間。
名前は俺に問いかける。




「突然どうした?」

「ん。なんとなく、ね」




俺は知ってる。
名前のなんとなくは不安な時だってこと。
だから俺は安心させるように抱き締めて耳元で優しく囁く。



「俺は、覚えてるよ」

「本当?」

「名前は、覚えてない…?」

「……もう、ずっと思い出せない。忘れてしまいそうだよ……」



名前は自嘲気味に言う。






初めて出会った日、
初めて遊んだ日、
初めて手を繋いで、
初めて喧嘩した日、
初めてキスした日、
初めて身体を重ねた日…





全部大切な思い出だけど、全部遠い過去の日のことになっていくから…


忘れてしまいそうだ。






「そっか…うん、そうだな」

「錫也は怒らないの?」

「お前がたとえ覚えていなくても、お前がたとえ忘れてしまっても、俺が忘れずにいればいい話だろ?」

「錫也…」

「今日はきっといろんなことがありすぎちゃったんだよ。ほら、目を瞑って、もうおやすみ」




名前の頭を優しく撫でる。
すると微笑み、名前は目を閉じた。






俺の初めては、全部名前だよ。
名前にとっての初めてが俺じゃなくても、俺はお前が愛おしい。何よりも。

きっと言葉じゃ上手く伝えられないけど、名前を好きな気持ちは変わらないから、安心してほしい。



今はただそれだけを思う。





今夜も月が綺麗だ。










¨fin¨