魔性のひと















『なまえ』



それは愛しい響きを持つ彼女の名前。
こいつの名前を呼ぶだけで俺は幸せになれる。
そう、まるで魔法。

そして彼女から放たれる俺の名前もまた魔法だ。

『すずや』

彼女に自分の名前を呼ばれるだけなのに、俺はこんなにも幸せな気持ちになるんだ。











「今日も一日疲れたな」


ベッドの中で名前は呟いた。
腕を伸ばし、大きな欠伸をひとつする。
俺がクスリと笑って名前の前髪を撫でると、その気持ちよさから名前はうとうとし始める。


「眠い?」

「ん… でもまだ寝たくない」

「? どうして?」

「錫也と話してたい…」




なんでこいつはこんなに可愛いんだろう。
俺を惹き付けて離さない。
こいつの存在は俺にとって麻薬のようだ。
抜け出せない。依存してしまう。
きっとそれはこの世で一番質が悪い。



「俺もだよ。まだ名前と話してたい」

「最近錫也とゆっくり触れ合えてなかった気がする。私、寂しかったんだ…」


互いの仕事が忙しくて。
学生の頃よりもデートに行けなくなってしまったのは仕方のないこと。
けれどそれを名前の口から、ましてや寂しかったなんて言ってくれるとは思わなかったから俺は嬉しくなった。


「ごめんな名前… 寂しい思いさせて…」

「錫也は悪くないよ」


でも…、と名前は言葉を続ける。


「今日は埋め合わせしてほしい、かな」

「埋め合わせ?」


そう言う名前は顔を真っ赤にさせて俯く。
言葉の意味はわかっていたけど、やっぱり名前の口から聞きたい。


「なぁ名前。どんな埋め合わせしてほしいんだ?」

「…ッ! 錫也のイジワル!わかってるクセに…」

「そんなことない。ちゃんと言葉にしないとわからないぞ?」

「〜〜〜ッ!」


色白の頬が俺の言葉で赤く染まる。
可愛い。本当に可愛い。
俺だけのお姫様。

おずおずと俺に顔を近づけ、耳元で小さく囁く。
甘い甘い魔法の言葉を。


「いっぱいキス、してほしい…」





「キス、だけでいいのか?」

「…ッ!」





「残念だけど俺、キスだけで終わりにするつもりないよ?」



そう言って強引に名前の唇を奪えば、聞こえるのはこいつの甘い吐息。
五感がこいつでいっぱいになる。
俺の躰が全身で幸せだと叫んでいる。




「もっともっと俺を欲しがって名前。愛してる…」




名前の腕が俺の首に回されたのが合図。
これから始まる甘美で崇高な儀式に胸が高まる。



そして俺は愛しいこいつの前で、ただの雄になるんだ―――。
















‥fin‥