卵焼きの味








どうしてもこれだけは譲れないというものがある。
だけど一人だけ違うのは悔しくて。
克服しようとしたけれど、やっぱりだめだった…













物心つく頃から、錫也と哉太、月子と私は一緒に育ってきた。
仲のいい4人組。何をするのも一緒であの時も確か一緒にピクニックに出かけていたんだ。
錫也といえば料理に本格的に目覚めたらしく、この日も朝早く起きて私たちのお弁当を作ってくれた。
こういうのって普通女の子がするものだよね?
私が聞くと錫也は「3人の美味しそうに食べる笑った顔が見たいから」って苦笑しながら言った。
オカン。そう、この頃から錫也はオカン体質だったのかもしれない。
根っからの性格もあるけれど、もともとの世話好きがいつの間にか私たちのせいでオカン度が更に上がってしまった。
私といえば錫也のそんなところが好きだったし、恋愛感情こそ当時はなかったが、そんな幼馴染みを誇らしく思っていた。




「そろそろお昼にしよう」


錫也の一言で私たちの表情が変わる。
待ってました!と言わんばかりに目をキラキラと輝かせ、レジャーシートを敷き、錫也のお弁当を待つ。
幼馴染みといえど、私は錫也、哉太、月子の家とは少しばかり離れていたため、錫也のお弁当を一から食べるのはこの時が初めてだった。
他の二人は何度か錫也のお弁当を食べたことがあったみたいだけど。
だからかな。美味しいと話に聞いていたからすごく楽しみだった。



「錫也!今日は何が入ってるの?」

「お前たちの好きなものばっか入れてみたぞ?」

「おっ!ってことは卵焼きが入ってるな?」

「野菜炒めも!」

「名前は俺の弁当初めてだよな?口に合うかわからないけど、食べてみて?」

「うん!」



早速お弁当を開けると、そこには小学生が作ったとは思えないほど色鮮やかなおかずがたくさん入っていた。
私はそれを見て思わずゴクリと息を呑んだ。



「これ…全部錫也が作ったの?」

「ああ。形が悪いのは多めに見てくれないか?」



照れくさそうに笑う錫也。
そう言う割に形はどこも悪くなんてなくて。
錫也にただただ驚かされた。



「錫也!早く食べようよ〜」

「ちょっと待て。お手拭きでちゃんと手は拭いたか?」

「拭いたに決まってんだろ?なぁ早く早く!」

「じゃあみんな揃って…」

「「「「いただきまーす!」」」」



「この卵焼きが美味いんだよな〜」

「野菜炒めもポテトサラダもベーコン巻きも美味しいよ!」

「ははっ、慌てないでゆっくり食べろよ?名前は?美味しい?」

「うん!すごく美味しい!」



色鮮やかなおかずに手を付け、おにぎりを頬張り、私は幸せな気持ちになった。
そして綺麗な黄色に巻かれた卵焼きに箸を伸ばす。
口の中に入れると、ふわっと蕩けるような食感で今まで食べたことのないような味が広がった。
私が想像してた卵焼きとはちょっと違う、それは非常に甘いものだった。
箸を止め、私はほんの僅か顔を顰める。
錫也にバレてはいけない、そう思って私は次のおかずに手を伸ばした。



「錫也の卵焼きは相変わらず美味えな!」

「ほんと!」

「やっぱり卵焼きは甘いのに限る!」

「う、うん」



哉太と月子に話を合わせる。
二人はこの卵焼きが大好きなんだ…
味覚の違いに私は人知れず寂しく思った。
甘い卵焼きは好きじゃない、なんて。
この場で言えるほど私はまんざら子どもでもなかった。
だから悟られないように会話を合わせ、作り笑いでその場を凌いだ。
その後も私は卵焼きだけ手はつけないで、他のおかずをたくさん食べた。









帰り道。
私は一人だけ帰る方向が違ったため、3人とは途中でバイバイする。
お弁当を食べた後もたくさん遊んで楽しかったけど、やっぱり心に残るのは卵焼きのこと。
でも私が言わなければ錫也に気づかれることはないだろうと、そう思っていた。





「じゃあ、バイバイ」

「名前ちゃん、バイバイ!」

「おう!また明日な!」

「錫也も。バイバイ」

「あ、俺は送ってくよ」

「え?」

「月子と哉太は先帰ってて」

「? わかったー」



「す、錫也?」

「たまには名前の家の方から帰るのもいいだろ?」

「う、うん」



私と錫也の影が地面に映し出される。
私のより、少しだけ長い錫也の影。
その影に時折自分のを重ねて歩く。








「なぁ」


錫也が突然口を開く。


「なぁに?」

「卵焼き、美味しくなかったか?」



いきなり核心を突いてくる錫也はずるいと思う。
なんて反応したらいいかわからなくなっちゃうから。
錫也が眉根を下げて寂しそうに言うから、私は慌てて首を振る。



「そんなことないよ?哉太も月子も美味しいって言ってたじゃん」

「うん…でも名前はあまり食べてくれなかったから…」



錫也の観察眼を私は甘く見ていた。
錫也は私の異変に気づいていたのだ。
それだけで私は胸がいっぱいになり、ツンと目頭に刺激が走る。
錫也はなんでもお見通し。
これ以上嘘はつきたくなくて、私は正直に話すことにした。



「あのね、」

「うん」

「私、甘い卵焼きは好きじゃないの…」

「?」

「今日錫也が作ってくれた卵焼きね、うちに出てくる卵焼きと味が違ったの」

「なーんだ!そういうことか!」

「え?」

「名前はちょっとしょっぱい卵焼きが好きなんだな!そっかそっか!」

「す、錫也?」

「ごめんな。俺、前に哉太と月子に卵焼き作った時に“甘いのじゃなきゃやだ!”って言われて、それ以来ずっと甘い卵焼きばっか作ってたから、今日も甘いのを当たり前に作ってたよ」

「で、でも…」

「卵焼きってさ、それぞれ家庭で味が違うんだよ。名前にも前もって聞いておけばよかったな」



安心したように錫也は笑う。
こんな些細なことにも気づける錫也は本当にすごいと思う。
私は俯いていた顔を上げて錫也を見た。
錫也は私の頭をぽんと撫で嬉しそうに言う。



「今度名前のうちの卵焼きをおばさんに教えてもらおう。そうすればお前に食べてもらえる」

「ありがとう、錫也…」


















あれから10年以上の月日が流れた。
そして私は今錫也と結婚している。




「お前が卵焼き食べたいなんて言うの珍しいな」

「へへっ、しかもリクエストは甘いやつだからね」

「一応作ってみたけど…本当に大丈夫か?」

「子どもじゃないんだし、多分、大丈夫。…多分」

「無理するなよ?」

「いただきまーす…」



あの頃より更に綺麗に巻かれた黄色い卵焼きを私は一口入れる。
何とも言えない舌に広がるこのふんわりとした甘さ。
不味くはない。だけどやっぱり美味しくもなくて…私は苦笑する。



「やっぱりだめだ〜」

「ははっ、甘い卵焼きは無理?」

「うん。舌が受け付けないよー。断固拒否!って感じ」

「名前はずっとしょっぱい卵焼きで育ってきたんだ。今更味覚は変わらないよ」

「でもあの頃はショックだったんだよ?哉太も月子も甘い卵焼きが大好きって言ってるんだもん。仲間外れにされた気分だった」

「二人に頼まれて卵焼きは甘いのにすることが多かったけど、本当は俺、ちょっとしょっぱいくらいが好きなんだぞ?」

「えー。初めて聞きましたー」

「そうか?」

「うん。でもね、錫也があの時気づいてくれて、私本当に嬉しかった」



あれ以来、錫也は私のお弁当の卵焼きだけ二人とは違う特製のものになった。
だから哉太も月子も私が甘い卵焼きが苦手なことは知らない。
これは私と錫也だけの秘密。








何気ない朝の風景に昔の思い出話を添えて。
笑い声と共に今日も錫也と一緒に素敵な一日が始まる。


































‥fin‥