お誕生日おめでとう














誕生日なんて…年を重ねるごとに「おめでとう」と言ってくれる人が少なくなるものだ。
その日の生活に追われ、その人が誕生日であることも忘れる。

だからなのかな。

特に今回も自分の誕生日であることを極力告げることもなく、何となく過ごしていた。
一部の友人から「おめでとう」と言ってくれれば、それで満足だった。








だけど錫也は違う。
カレンダーにはしっかりと私の誕生日にマークを付け、何日も前からそわそわしていた。
まるで子どものようなその態度に私は苦笑した。
でもなんだか胸があったかくなる。
この不思議な気持ちに私は心地よさを覚えていた。












「じゃあ行ってくるよ」



誕生日の朝、いつもと変わらぬ口調で錫也は言った。
私はカバンを持って玄関先まで見送る。



「うん、いってらっしゃい」

「今日は名前の誕生日だから早めに帰るよ。いい子にして待ってるんだぞ?」

「もう…私は子どもじゃないよ?立派な大人です。心配しなくても大丈夫だよ」

「本当は休みが取れたらよかったんだけど…ごめんな?」

「いいよ。お仕事だもん。でもありがとね。錫也の帰り、待ってるから」



唇にキスをして錫也は仕事に出かけた。

私は特にすることもなく、掃除や洗濯をして時間を過ごした。







時間が経つのがこんなにゆっくりだとは思わなかった。
何をしても穏やかに過ぎてゆく。
窓から聞こえる鳥の声、車が通る音、子どもの笑い声。
当たり前の生活音がなぜだか一人の時は胸を締め付ける。



(柄にもなく寂しがってるのかな…)



女々しい自分に苦笑する。
家事をしていたのにやる気が起きなくなって、私はリビングのソファーに横たわった。

ちょっとだけ。

そう思っていたのに、いつの間にか眠りに就いてしまったようで、私は夢を見た――。













ふわふわする。
まるで私はここの人間ではないみたいに、身体が自分のものではないみたいに。
浮遊する。
そして聞こえる愛おしい人の声。



『錫也…』



小さく呟く私。
だけど名前を呼んでも気づいてくれない。
確かに錫也はそこにいるのに振り向いてもくれない。



『錫也!錫也!』



声を大きくして私は叫ぶ。

私はここだよ!私はここにいるよ!

ありったけの力を込めて叫ぶのに、声にならない私の声は空気と化する。
錫也の隣には私の知らない誰かがいるようで、その人と話している錫也は私の声に気づかない。
どんどん私から離れていってしまう錫也。
追いかけたくてもふわふわ浮遊している私はうまく身体を動かせなくて。
もう少しで錫也に手が届きそうなのに、それさえも拒絶されそうで手を伸ばすのを躊躇う。
そうしているうちに錫也は私を置いていってしまう。

寂しい淋しいサミシイ…




『錫也…やだよ…私を置いていかないで……』




両手で顔を覆い涙する私。
みんな私を置いていく。
みんな私から離れていく。
錫也に置いていかれたら、私は…私は……























「――っ、名前っ、…名前っ!」




肩を揺さぶられ、私は目を覚ました。
私の前には心配そうな顔で私を覗き込む錫也の姿があった。
ああ、そっか、夢を見てたんだ…
ほっと安心したのか、私の瞳からは涙が溢れた。
それを見て錫也は「ごめんな…」と言って謝った。



「なんで、錫也が謝るの…?」

「名前に、寂しい思いをさせたから」

「錫也…」

「遅くなってごめん。帰ってきても名前が返事しないから心配したよ。そしたらここにいたから…」



錫也は私を抱きしめる。
私も錫也の背中に腕を回す。
あったかい体温が私を包む。
途端に安心する。泣きたくなるくらいに。



「夢をね…見たの」

「うん」

「すごく悲しい夢だった」



錫也を失う。
そんなのはたとえ夢でも嫌だ。
耐えられないんだ。
どうしようもないくらい錫也が好きで、好きで。
それほどまでに私は錫也に依存してる。
錫也がいなくなったら、私に残るものは何もないのだろう。
錫也が、私の生きるすべてなのだから。



「俺はここにいるよ。お前を置いてどこにも行かない。約束する」

「うん…うん…」



錫也の声は私を落ち着かせる。
そんな力を持ってると思う。

錫也の唇が降ってくる。
私は目を瞑ってそれを受け止める。
寂しかったからなのか、錫也の体温は私を満たす。
でもそれだけでは足りなくて。
私はもっともっとと貪欲に求めてしまう。

錫也の頭を包み込み、キスを促す。
すると気をよくした錫也はふっと微笑み、私の前髪に触れる。



「どうした?今日の名前は積極的だな」

「うん…寂しかったから」

「どうしよう。今日は名前の誕生日だからご馳走作ろうと思ったんだけど…」

「私、ご馳走よりも錫也が欲しい。錫也で私を満たして…?」

「名前…、そんなこと言ったら、もう止められないよ?覚悟できてる?」



私は錫也の唇に口付けて言葉の代わりに気持ちを伝えた。














寝室に移動した私たちは纏っていた衣服を脱ぎ捨てて、生まれたままの姿で求め合った。
錫也が、私に触れる。
その度に堪らない気持ちになる。
触れられた箇所が熱を持ったように熱くなる。
壊れ物を扱うように優しく触れる錫也の手に幸せを感じる。
もう、錫也しか、考えられない。





「ぁ…錫也…」

「名前…、好きだよ…」



愛の言葉が耳奥に溶ける。
くすぐったくて、気持ちよくて。
さっきまで抱いていた不安を取り払ってくれる。
錫也が好きだと、私のカラダ全体が言っている。



「錫也…ぁ、好きなの…、どうしようもないくらい…錫也が…好きなの…」



言いながら、私は泣いていた。
切ないのと、幸せなのと、苦しいのと、嬉しいのと…。
いろんな気持ちがごちゃごちゃになって、私の感情は壊れそう。
だけど錫也はそんな私ごと包んでくれる。
抱き締めて、キスの雨を降らせて、私を私にさせる。
ああ、私、錫也の腕の中で初めて「私」になれるんだね…
錫也に抱かれている時はまるで自分の半身を見つけたような錯覚に陥るの。
錫也と私、二人でひとつなんだって、そう思えるの。



「名前…」



勃ち上がった錫也のそれが私の秘部に宛てがわれる。
もう十分に潤って濡れてるそこは錫也を欲していて、ヒクヒクしている。
早く、挿れて…
錫也で私を満たして…



「挿れるよ…」

「ん…、」



ズブ、と錫也が挿入ってくる。
カラダ中が歓喜で震える。



「ぁ…ぁ…」



何度も錫也の熱を感じているのに、この瞬間はいつになってもなれることはないのだと思う。
どうしよう…錫也が愛しすぎて、堪らない。
言葉にならない。

グチュ、グチ…と秘部から卑猥な水音が聞こえる。
私が感じてる音。
錫也が私のナカに挿入っていく音。





ねぇ 錫也。
私、錫也と一緒にいると幸せなのに心のどこかで不安を感じてたの。
いつか、錫也が私じゃない他の誰かの元に行ってしまうような気がして。
不安な気持ちがいつも近くにあった。

だけど違う。
そんなこと考えられないくらい、今はあなたに満たされてる。
シアワセの形は人それぞれだけど、錫也を感じるこの瞬間は…紛れもなくシアワセで。
不安とか嫉妬とか、自分の感情全部引っ括めて、私は錫也が好きなの。
離れていくとか考えられない。
あなたにどんどん溺れていく…
私の奥底に錫也を沈めて。
私だけのものになれば…私は安心するのかな?
でもそんなことしたくない。
どんな錫也も錫也で。
どんな私も私なのだから。




「名前…名前…」

「…ッア、すず…や…ァ…!」

「好きだよ…名前が誰よりも…――」

「ぁ…ぁ…、や…ン…ャぁ…ッ」



錫也の甘い言葉が何度も私を溶かす。
もう原型をとどめないくらいに、私が私でなくなるくらいに…。


錫也の腰の動きが早くなる。
私は離れないようにしっかりと錫也の背中に手を回す。
時折爪を立てたりして。
少し汗ばんだ背中。
額から迸る汗。
いつも見ている錫也とは違う。
もっと大人で、セクシーで…
男の人なんだって感じさせる。




「ぁ…!…錫也…!」

「…っ、名前…イこう?一緒に…」

「んん…ッあ…!すず…、ッあぁー…ッ!!」

「……ック!―――ッ!」




私の最奥を激しく突いた瞬間、私たちは最高潮に達した。
薄い膜越しに放たれる熱にただ身を任せて、私はしばらく動けなくなった。
錫也が私の額に触れ、優しく微笑みかける。



「名前…愛してる」


「私も…」



裸のまま抱き合う。
ちゅっと唇に軽く触れるだけのキスを落とされる。




「名前、お誕生日おめでとう」

「ありがとう…」

「? どうした?」

「あのね、私、本当は寂しかったのかもしれない」

「名前…」

「一人ぼっちな気がしたの。家にいても、外にいても。でも今は違う。錫也がいる。私の目の前に錫也がいる…。それだけで私は世界中の誰よりも幸せな女の子になれるの」




ありがとう。私と出会ってくれて。
私と恋に落ちてくれてありがとう。




「俺からも言わせて?」

「え?」

「生まれてきてくれてありがとう。俺と恋に落ちてくれてありがとう」




微笑む錫也が眩しくて、私は視界が歪んだ。
これは悲しい涙じゃない。
幸せの涙だ。




「お誕生日おめでとう」





もう一度錫也が言った。



生まれてきてよかった。
あなたに、錫也に出会えてよかった。
































‥fin‥