会いたくなっちゃったの。
昨夜、錫也は仕事で家に帰ってこなかった。 電話越しで申し訳なさそうに謝る錫也は私をすごく心配していて、
「戸締りはちゃんとするんだぞ?」
…と、何度も確かめるように言ってきた。
仕事なら仕方ない…と私は自分に言い聞かせてみたけれど、その夜はなんだか気持ちが不安定で。 どうしても錫也に傍に居てほしかった。
でもそれを言ったらだめ。 錫也は仕事を投げ出して帰ってきてしまう。 錫也の負担だけにはなりたくないから… 私はつい“いいお嫁さん”を演じてしまう。 だから私はその晩、涙で枕を濡らしながら眠りに就いた。
‐次の日‐
私は隣に錫也の温もりを感じずに一人起床した。 一人で食べる朝ご飯。 一人で過ごす時間。
家に居てもつまらない。 今私は仕事を休職中だから尚更。 錫也が帰ってくるまでまだ時間はある。 部屋の中を掃除したり、テレビを付けてみたけれど。 一人じゃやっぱり面白くなくて。
「錫也はまだお仕事中かな…」
考えるのは錫也のことばかり。 私、いつからこんなに錫也のことが好きになったんだろう? 四六時中錫也のこと考えてる自分に呆れてしまった。
(錫也に会いたい…)
その想いだけがどんどん募って。 私は気がついたら電車に乗っていた。
錫也の職場は都心から少し離れたところにある。
「行ったことないけど、ちゃんと行けるかな…」
不安もあったけど、何より会いたい気持ちが先走っていた。
私は一人携帯を片手に初めて訪れる地に足を踏み入れた。 電車とバスを乗り継いで漸く着いた先は国立天文台。 錫也はここで働いている。 時刻は16時を過ぎたところ。
(突然来ちゃったけど、自由に入れるのかな…)
私は一人で辺りをキョロキョロしていると、守衛さんが私を見つけ、
「見学かい?」
と尋ねてくれた。
「あ、はい。見学です」
「じゃあこの紙に名前とか書いてもらっていいかな」
「はい」
「ここ17時までだから、あまり時間はないけど左から回っていくといいよ」
「ありがとうございます。そうしますね」
親切な守衛さんは私に行き方を案内してくれた。
すごく広い敷地… 錫也はいつもここで働いているんだ。
私は新鮮な気持ちになった。 大きな天文台。 そして、精密な機材。 展示室には宇宙の写真がいっぱい飾ってあった。
(突然来たからといって錫也に会えるわけではないよね…)
錫也は研究室かな? でもここは立ち入り禁止だし…。
展示室を行ったり来たりしていると、一人の資料を持った男の人が私に近づいてきた。
「あ、君はもう知ってる?アンケートの提出なんだけど…」
「アンケート?」
「あれ?知らない?」
「すみません、私、施設の見学者なんです」
「あ、そっか!ごめんごめん。ここの職員かと思ったよ」
「ふふ、すみません」
「ごめんね」
そう言ってその男の人は研究室に入っていった。 錫也の仕事仲間だと思うとなんだかワクワクする。 どんなことやってるんだろう? ここでどんなお仕事をしているんだろう?
私が展示を見ながらそう思っていると――…
「名前??」
後ろから愛しい人の声がした。 振り返ると、そこには私が会いたくて会いたくて堪らなかった人がそこにいた。
「錫也…!」
「どうしたんだ?何かあったのか?」
錫也が心配そうに聞いてくる。 たった一日会っていなかっただけなのに、私の心は幸せで満たされる。
「あの…何もない、よ?」
「じゃあどうして…」
「あ、その…、」
私は最大の勇気を振り絞ってその一言を口にする。
「錫也に、会いたくなっちゃって…」
言葉にするとすごく恥ずかしい。 迷惑だよね? いくら寂しいからといって旦那さんの職場に会いに来るなんて、常識はずれだよね? 言った後で少々後悔。 錫也の目が見られない。 どんな顔して私を見てるのかな…。
恐る恐る顔を上げてみると。 錫也は顔を真っ赤にして口を手で押さえていた。
「錫也…?」
「ごめん…、名前が俺に会いに来てくれたのが、嬉しくて…」
「迷惑じゃないの?」
「迷惑なんて思うわけないだろ?ちょっと待ってて。もうすぐ仕事終わるんだ」
「あ…」
「一緒に帰ろう?」
「うん!」
錫也の笑顔が私の心に染み渡る。 やっぱり私、錫也が好きなんだよ。 どうしようもないくらい好きなんだよ。
今日はいっぱい話そう? 一緒にご飯も食べよう?
隣に錫也がいることが当たり前になってきたから。 いない日がとても寂しいの。 昨日は寂しかったんだよ?
「名前、お待たせ!」
だから言わせてね。 今日の私はちょっぴり素直なの。
「錫也、だいすき!」
夕暮れが映し出した二つ並んだ影を見つめながら、私は錫也に抱きついた。
‥fin‥
|