幸せの束縛
あなたと一緒に、 幸せを噛み締める。
幸せの束縛
それは穏やかな日曜日のことだった。 あたしは彼氏の周助と一緒に、ちょっとお洒落で有名な街へ行ってデートを楽しんでいた。
雑誌でも紹介されるような可愛らしい喫茶店に入ったり。 有名なブランドのお店に入ってみたり。 美味しい紅茶を飲んだりオススメのスイーツを食べたり。
隣に大好きな周助がいるってだけであたしはいつも以上にはしゃいでしまう。 でもそんなあたしを見て周助も優しく微笑んでくれるから。 あたしは何よりも嬉しくて幸せを感じてしまう。
「幸せだなぁー」
あたしは喫茶店の椅子に座り呟く。 周助はクスッと笑い、何を今更って顔をしている。
だってそうでしょう? 今日は天気も快晴で絶好のデート日和なんだもん。 あー、あたし晴れ女で良かったなぁーなんて思ってしまう。
真向かいに座る周助はかっこいいし。 足を組みながらコーヒーを飲む姿なんて絵になり過ぎる。 あたしはアイスクリームの乗っかったワッフルを食べながらしみじみ思った。
「やっぱり幸せだなぁー」
「それは僕と一緒にいれてってこと?それともそのワッフルが美味しいから?」
試すように周助が訊いてくる。 あたしは周助に劣らない笑みで答える。
「どっちもー」
「普通この場合、彼氏と一緒にいれて楽しいって答えるもんじゃない?」
「だってー、周助と一緒にいれて楽しいのは勿論だけど、天気が良いのも、このワッフルが美味しいのも、行きたいお店に行けたのも、ぜーんぶ引っ括めてあたしは幸せだなぁーって思ったんだもん」
「僕も、幸せだよ」
なまえとこうしていれて、なんて甘い表情で言うから。 あたしはボッと顔が熱くなってしまう。 そんなあたしの反応を見てか周助はクスクスと笑い、コーヒーを一口飲んだ。
時間が経つのはどうしてこんなに早いんだろう。 周助と過ごしていると時間があっという間に流れていく。 もっと一緒にいたいのに。 もっと二人で話していたいのに。 手を繋いでいたいのに。
気付けばもう夕暮れ時だった。
(この喫茶店を出たら…もうバイバイなのかな…)
あたしは心の中でため息をついた。 久しぶりのデートはとても充実していたけれど。 また明日からいつも通りの日常が始まると思うと、なんだか切なくなった。
学校は嫌いじゃない。 だけど、周助のいない学校はつまらなかった。 あたしは青学を離れ、他の私立の学校へ行った。 この選択が間違いだった訳ではない。 あたしの将来のためには今の道の方がいいに決まってる。 だけど――。 大好きな人のいない生活は何か物足りなかった。 傍にあるものが突然なくなった、そんな感じ。 今日はその穴を埋めるために周助がデートに誘ってくれた訳だけど。 やっぱり別れとなると淋しい。
「なまえ、食べ終わった?」
「あ、うん」
「じゃあ そろそろ行こうか」
周助は立ち上がり、歩き出す。 後ろを振り向いてあたしに手を差し延べる。 その姿がちょっと王子様みたいだった、て思ったことは秘密にしておくね。
二人で手を繋いで歩く。 素敵な一日が終わろうとしている。 明日から周助はいつも通りテニス部の朝練がある。 だからそんなに夜遅くまでデートしてる訳にもいかない。 周助は大丈夫だって言ってくれたけど、あたしが頷かない。 次の日周助が辛いのは嫌だからね。
繋いだこの手が離れないように。 ギュッと握り締める。 「あ、」
あたしは声を上げた。 目の前の角には小さな可愛らしい雑貨屋さんがあったのだ。 あたしは周助の視線と絡ませる。 周助はクスッと笑って
「入ろっか」
と言ってくれた。 あたしは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
カランカラン...
中に入るとおとぎ話に出てくるような、時計やアクセサリーが至る所に置かれていた。
「可愛い…」
そこは無名のブランドだったけど、シンプルで可愛らしいものがたくさん売られていた。
「あ…」
あたしはふと近くの棚に飾られていた指輪に目が止まった。 シルバーで二連の、可愛らしい指輪だった。 小さな苺がぶら下がっていて、付けるとユラユラと揺れるようなそれはとても可愛らしく、あたしは一目惚れしてしまった。
(可愛い…)
あたしはそっと付けてみた。 右手の薬指にピッタリのそれは飾り気のない手を華やかにさせた。
(いくらだろう…)
値札を見ると驚いた。 とても学生の買える代物ではない。
あたしは残念に思い、その指輪を元の棚へと戻した。
無理をすれば手持ちのお金で買えなくもなかったが、そこまでアクセサリーに費やす必要もない。
あー、でも欲しいな…。 いやいや!ここは我慢だ!
「あれ?なんでそれ戻しちゃうの?」
周助が横から声をかけてきた。 あたしが戻した指輪を、今度は周助が持って。 もう一度あたしの指に嵌めさせる。
「すごく似合ってるのに」
「そ、そうかなぁ?」
「うん。僕、すごく好き。なまえの白い手によく似合ってるよ」
「あ、ありがと…でも――」
(高くて買えない…)
あたしが返答に困っていると、周助は気持ちを察したのかにっこりと優しい微笑みをしてあたしに言った。
「僕がそれ、買ってあげる」
「へ――!?」
思わぬ発言にあたしは素頓狂な声を出してしまった。 周助はというと、呆然と立っているあたしを余所にお店の店員さんに話し掛けている。
「ちょっ…周助!いいよ…そんな別に…」
「なんで?なまえ、すごく可愛いよ」
「いや…可愛いとかそういう話じゃなくて…」
「僕が、なまえにプレゼントしたいんだ。だからお願い、買わせて?」
にっこりと目を細めて笑う周助。 うー、それ反則だよー。 そんな風に言われたら、あたし断れない…。
お店から出ると空は夕焼け色ではなくて薄暗い紺色が広がっていた。 あたしは周助に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(買わせちゃった…感じだよね)
「周助…ごめんね…」
「ん?何が?」
「その…指輪。高かったのに…」
すると周助はクスクスと笑って握っている手とは反対の手であたしの頭をポンポンと叩き、あたしに言った。
「なまえは何か勘違いをしているよ」
「え?」
「僕はね、自分が買いたかったから買ったんだ。なまえに喜んでもらいたいから。付けていてほしいから」
「うん…」
「なまえは欲しくなかったの?」
「…欲しかった」
「ならもっと喜んでよ。なまえの笑顔を見るために買ったんだから」
ね?と首を傾げる周助。 あたしは堪らなくなって周助に抱き付いた。
「周助、ありがとう」
「ううん…いつも淋しい思いをさせてごめんね?」
周助もあたしをギュッと抱き締める。 密着した体が熱をもって温かくなる。
周助は抱き締めた腕を緩めると、ポケットの中から先程買った指輪を取り出し、あたしの右手の薬指に嵌めた。
「前のようにしょっちゅうなまえに会うことはできないけれど、淋しい時はこの指輪を見て今日の出来事を思い出してほしいな。僕が傍にいれるように、御守り」
「周助…」
「知ってた?指輪は束縛を意味するってこと。なまえはもう僕以外に心を奪われちゃいけないんだよ」
にこっと微笑む周助の笑顔が可愛くて。 あたしは背伸びをして周助の唇に口付けた。
「わかってる。だってあたし、周助が最初で最後の恋だって思ってるもん」
束縛も、あなたにならされてもいいよ? あたしはそれを幸せの束縛と名付けるから。
だから周助。 あなたもどうかあたしに束縛されてほしいの。 あなたの涼しげな瞳。 爽やかな香り。 優しい微笑み。 あなたの存在すべてをどうか束縛させてほしい。
「ずっと…周助もあたしの傍にいてね」
「クスッ 当然」
一つの指輪が二つの心を結んだ。 もう何も怖くない。 周助とならどんな困難でも乗り越えていけそうだよ。
あたしたちはもう一度、確かめ合うようにキスをして笑い合った。
離れていても、 心は一つだと。 そう感じることが何よりも大切。 あなたはそれを教えてくれた。
周助の大きな優しさがいつもあたしをダメにするけれど。 周助がいいって言うんだったらダメな自分もいいかもしれない。 もっと自分が好きになれるよ。
ありがとうや大好き。 愛してるなんて言葉じゃ言い表せないけれど、あなたへの想いが次々と溢れてくる。
だから“幸せ”です、と言わせてね――…。
‥fin‥
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