涙のkiss








“大好き”は、きっと砂糖より甘くて…涙くらいしょっぱい。





涙のkiss...





大好き人がいます。
いつもあたしに優しい微笑みと抱え切れない程の愛をくれる、愛しい人が。
夕焼け色に染まる空が一番綺麗に見える時。
あたしは隣に歩く彼の姿をそっと見つめていました。


(綺麗…)


彼はあたしの視線に気付いてフッと笑って、握っていた手とは反対側の手であたしの頭をぽんぽんと叩きました。


「どうしたの?なまえ。僕の顔なんか見つめて」

「ん…別に。なんでもない」


そう答えると彼はちょっと悪戯っぽい顔をしてあたしに言いました。


「僕に見惚れてた?」

「バァカ。このナルシスト」

「あれ?そんなこと僕に言ってもいいのかな?」


彼は立ち止まり、繋いでいた手を自分の方へ引っ張ってあたしを抱き締めました。
あたしは突然の行動に驚いて目を見開きました。

忘れていたけど、今は学校帰り。
下校途中です。
勿論ここは公道で、抱き締められたら大変目立ちます。
ほら、買い物帰りのおばさんもあたしたちを見て唖然としているでしょう?


「ちょっ…周助!ここは公の場所ですよ?」

「うん」

「道行く人がみんなあたしたちを見てますよ?」

「うん」

「今すぐこの腕を離していただけないでしょうか?」

「ダメ」


クスクスと耳元で聞こえるあなたの笑い声。
この人はわかってる。
あたしの反応を見てからかっているんです。


「なまえが僕に抱き締められるの好きだって知ってるから」

「うん。それは否定しないけど…ここではちょっと恥ずかしいのでやめていただけると有り難いです」

「クスッ 恥ずかしいなんて今更だよ?僕らの愛をみんなに見せつけてやればいいじゃない」

「いつでもどこでも自分勝手なんだから」


すると彼は抱き締めていた腕を離し、あたしの頬を両手で挟んでおでこをコツンとぶつけました。
彼との距離は僅か3センチ。


「僕のこと悪く言うのはこのお口だね?五月蠅いお口は塞いでしまおう」

「ちょっと!周助ッ…冗談はやめ――」


不意に塞がれた唇。
冬の寒い風にあたっていたせいもあって触れた唇はほんの少しだけ冷たかった。
いつもと違うキス。
すぐにそれは離れたけど、あたしの体は一気に熱をもって今にも沸騰しそうでした。


「なまえ、顔真っ赤」

「…にもなるでしょう?こんな所でキスされちゃ」

「光栄だね」

そう周助は呟いてあたしにもう一度キスをしました。
確かめ合うように。
温度を分かち合うように。
舌を絡め合い、銀の糸が二人を結ぶ。
儚いそれはすぐに切れてしまうけど、二人が繋がっていた証。
名残惜しむように周助はあたしの瞳を覗き込み、優しく言いました。


「なまえ…その顔なんだか卑猥」

「ひわッ…!?もうちょっとマシな表現できないの?色っぽいねとかそそるね、とか」

「だってなまえのキスし終わった時の顔って淋しそうでまだ物足りないって感じがするんだもん」

「断じてそんなことはございません」

「またまたー、意地張っちゃってー」

「周助のキスがいやらしいからでしょっ!」

「僕にとったらそれ誉め言葉」


もう一度ギュッと抱き締められてあたしと周助は密着しました。
互いの鼓動が聞こえるくらい。
きっと今のあたしの心臓はすごく速く動いてるんだろうな。
ちょっと悔しいかも。
いつもドキドキしているのはあたしばかりで、周助は全然余裕って感じがします。
ムスッと膨れていると周助は


「僕もね…ドキドキしてるんだよ?」

「えッ?」


そっとあたしの耳元で呟きました。


「なまえに負けないくらい、ドキドキしてる」

「ホント?」

「うん。耳、あててごらん?」


そう言われたので周助の制服に耳を近付けてみました。
だけど服が邪魔して上手く聞こえません。

「周助ぇ?あんまり聞こえないよー?」

「そう?僕は心臓の音が耳まで届くくらいドキドキしてるんだけど」

「でもね、トクントクンて鳴ってるのがわかる」


あたしは嬉しかった。
周助もあたしと同じように思っていたことが。
同じ時間を過ごしていることが。
同じ空間に二人がいることが。
ただただ嬉しかったのです。


「周助?」

「ん?」

「大好き」


普段あたしからはあまり言わないけど、今日はなんだか言いたくなった。
伝えたくなったの。


「珍しいね。なまえが僕に愛の告白するなんて」

「んー。なんかね、今日は周助に言わなきゃいけない気がして口に出してみた」

「いつも言ってくれればいいのに」

「好きの価値が半減しちゃうでしょう?だから言わない」

「じゃあ僕はなまえの逆でたくさん愛を伝えなきゃね」

「なんでそうなるの?」

「だって言わないとなまえが不安になるでしょ?」


この人はいつもあたしの心を見透かします。
気付いてほしいことをすぐに察知してくれるから、あたしはあなたの隣にいたいと思うの。
大好きだって心から思えるのです。


「大好きだよ。なまえ」


そう囁かれて。
何故か涙が溢れた。
こんなに傍にいることが、あなたに抱き締められていることが嬉しくて。
涙が溢れた。


「泣かないで…なまえ…」

「泣いてないもん」

「嘘。瞳が濡れてるよ?」

「周助が泣かせたんじゃない」

「うん。だからね、なまえの涙ごと抱き締めてあげる」


周助の唇があたしの瞼に触れてそっと涙を拭い去る。
抱き締めた腕はギュッと更に強くなっていって。
今度こそ周助の鼓動が聞こえるような、そんな気がしました。


「周助」

「ん?」

「あたし、幸せ。周助の彼女になれて」

「僕も幸せだよ。なまえの彼氏になれて」

「ずっとこうしていけたらいいね」

「していこうよ」


周助と目が合って、時が止まる。
開かれた目を細めて眩しいくらいの笑顔で言われました。


「夢は叶えるものでしょう?」


周助の言葉に頷くあたし。
この人を好きになってよかった。
今日流した涙はしょっぱかったけど、甘いキスでチャラ。

“大好き”、それだけであたしは幸せになれるの。
あなたの愛の囁きに抱かれてあたしは今日も夢見る。


願わくば、あなたも同じ夢を見ていますように――。
















‥fin‥