食べちゃうぞ
可愛らしいギフトボックスに入り、ご丁寧にリボンで包んである。開けると仄かに甘い香り。メッセージカードなんかもちゃっかり添えられて。そう、私はこの茶色い物体の正体を知っている。
「なまえ、さっきから何してるの」
背後から声を掛けられ振り返るとクラスメイトの不二が居た。 にこにこといつも笑っていて口調も雰囲気も穏やかな彼。その上テニス部レギュラーで他校の強者を容赦なく負かす程、強いらしい。つまり、彼は正真正銘、王子様なのだ。そして頭も良いときたら…非の打ち所がない。もし神様が居るとしたら、まるで一般ピーポーの私と彼に対して格差をつけ過ぎではないだろうか。 そう抗議をしたいくらいの完璧人間が、今、私の背後に現れたのだ。
「ふ、ふふ、不二!!」
「それ、僕のなんだけどな」
「知ってるよ!」
ふん!とつい先程まで眺めていた一つの箱を彼に渡す。
この茶色い物体の正体はチョコレートだ。 バレンタインの時期になると学園中の女子が3年生のクラスに訪れ各自の王子様にチョコレートを渡す。彼らの休憩時間は大抵受け取りで終わるのだ。トイレに行く間もないらしい。とりあえずイベントが終わるまで凄いの一言だ。
「ねぇそのチョコどうするの?」
「どうするって?食べるよ」
「げ。全部食べるの?賞味期限内に?」
「まぁ…多少は家族に手伝ってもらうけどね」
「恐るべし…不二周助…」
普通捨てるだろ…。 え、私が不二だったら間違いなく捨ててるよ?
「ここまで来ると育ちの違いか」
「ねぇなまえ、さっきからなに一人でぼそぼそ呟いてるの」
「不二周助と私は果たして同じ人間なのか自問自答してたところよ…」
「いや同じ人間だから」
すかさずツッコミを入れることを忘れないMr.天才。ああそうか、この男はお笑いにも向いているのか。そうなのか。
でもさでもさ?手作りは怖くない?中に何が入ってるかわからないんだよ?もしかしたら「私の愛は赤色よ…」とか言って自分の血をチョコに混ぜてるかもしれないんだよ?考えるだけで鳥肌が立つ。やっぱり危険だ。
「そのチョコは…」
「? 手作りみたいだね」
「うん。やっぱり危険だと思うの。」
「考え過ぎじゃない?それか漫画の読み過ぎか」
「いーや、違うね。恋する乙女は何するかわからないよ。私は忠告したからね!友人として」
「うーん…そんなこと言われたら食べる気失せるなぁ…」
不二周助という人間は優しいと思う。だって相手の気持ちを決して踏み躙ったりしない。今だって誰から貰ったかもわからないチョコをちゃんと食べようと、意思表示している。
(なんだかモヤモヤする…)
不二が女の子からチョコを貰うとモヤモヤする。なんでだろう、なんでだろう。
「好きでもない女の子からチョコ貰って、嬉しい?」
口に出した言葉は心の中で思っていることとは違ったものだった。言った後に自分でもハッとした。言ってはいけない言葉だと思ったからだ。 不二は私の言葉を受けて小首を傾げた。そして私の瞳を見つめ、ふふっと笑った。
「嬉しいか嬉しくないかを聞かれれば勿論嬉しいかな…。でも、」
「でも?」
「複雑な気持ちになるよ。僕は彼女たちの想いに応えられないから」
「そっか…」
「本当はね、好きなコからのチョコが欲しいし、それだけでいいんだけど」
切なそうにチョコを見つめながら呟く不二。そんな姿を見ていたらなんだか可哀想になってきて。不二は優しい奴だけど頑固なところあるから、もし好きなコからチョコを貰っていたら他の人からのは全部断りそうな性格をしている。これはあくまで私の憶測だけど不二はそんな奴なのだ。
「ん〜〜わかった!」
「??」
「私がチョコ、食べてあげる!」
「……へ?」
「ほら貸して!」
「え、いや、待って。これ僕のだから」
「複雑な気持ちになるんだったら捨てればいいじゃん。家族に手伝ってもらうくらいなら最初から貰うな!てかこれだけのチョコでアフリカの飢餓がどれだけ救えると思ってるんだ!」
「なまえ、言ってること途中からめちゃくちゃだよ」
「不二がそんな気持ちになるくらいなら…全部私が食べちゃう!」
言い切った後、暫く妙な沈黙が続いた。
夕陽が差し込む教室。風がふわっと吹きカーテンを揺らす。
その沈黙を破ったのはクスクスと笑う不二の声だった。
「なまえって僕のこと好きだよね?」
「……っはぁ?!」
「それも実は随分前から」
「わ、私が不二のことぉ〜??」
(ナイナイ!それはナイ!)
全力で否定しようとしたら不意に右手首を掴まれ、不二が至近距離にいた。ふわりと爽やかな香りがする。柔軟剤とかシャンプーとかそういうのじゃなくて、これはきっと不二の匂いだ。
「あれ?本人自覚なし?」
「あ、あ、あの、不二??」
「そういえばチョコは?」
「チョコならそこ…」
「違うよ。なまえのチョコだよ」
「へ?」
「僕宛ての、なまえのチョコ、まだ貰ってないんだけど?」
「な、な、な、……」
ないって言おうとした瞬間ーー。 不二の整った顔が近づいてきて、唇が、私のそれに重なった、ような気がした。
掴まれていた手首がすっと軽くなり、不二は何事もなかったかのように私から離れた。 私といえばパチパチ目を瞬きさせ今あった出来事を頭の中で冷静に整理させていた。 ドキドキ胸の高鳴りが耳まで聴こえてくる。今のはなんだ!?なんなんだ!?
「不二!」
「あ、そうだ」
不二が振り向き思い出したように声をかける。
「来年はチョコ、ちゃんと用意しておいてね」
「ちょっ…?不二!?」
「今年はなまえの唇で良しとするよ」
「いや、待て不二。私は……」
「僕のこと、好き、でしょ?」
「………」
「好き以外答えは受け取らないからね」
コイツ、やばい奴かも。 眉目秀麗、天才肌で、成績優秀、運動神経抜群、不思議ちゃん、それに加えて自意識過剰ときたら…
(絶対敵わないデショウ!!)
私の心が奴に食べられちゃうまで、どうやらカウントダウンは始まってしまったのかもしれない。
..fin..
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