いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう sideヒロイン
忘れたい人がいる。
頭の中、何度も何度もその人を消そうとした。 手の温もり、落ち着いた低い声、触れた感触、笑った顔…。本当に大好きだった。愛していた。でも時間の流れは残酷で、その時をずっとは止めてくれなかった。「永遠」なんてものは初めから信じてなかったけれど、その瞬間を生きている私達は一瞬でも願ってしまう。ないとわかっていながら、どうして「永遠」に縋ろうとするのだろう…その結果傷つくのは自分自身なのに。
「アメリカへ行く」
突然告げられたあの日。彼は私に別れを切り出した。 驚きと戸惑い、そして怒りにも似た悲しみ。なぜなら彼は“待つこと”を許してくれなかったから。更なる高みを目指している彼にとって、私の想いは負担でしかないといわれてしまったから。普段相手を傷つける言葉を決して口にしない彼が、初めて口にした言葉はまるで刃のようで私の心臓を抉った。泣きじゃくる私を突き放し、一人で戦うことを望んだ彼。その背中を追いかけることもできなかった私。そう、あの日も確かこんな寒い日だった。
別々の学校に通っていた私達はデートもなかなかできなかった。あの日、久しぶりに彼から「今日は一緒に帰ろうか」とメールで言われ舞い上がっていた私だったけれど、本当は心のどこかで違和感を覚えていたのかもしれない。普段から感情をあまり表に出すような人ではなかったけれど、いつも通り…いや、いつも以上に優しく手を繋いでくれて、私の話も沢山聞いてくれて、いつも通る道ではなく少し遠回りして帰る道だったから。
「ねぇ、話があるんだ」
ふと立ち止まり、私に言う彼の瞳は真剣で。この時漸く自分の中にいた“違和感”が“嫌な予感”に変わり、確信したのを思い出す。
「…、なに?」
「僕、アメリカへ行く」
「……え、??」
「アメリカに行って自分の力を試したい。世界トップレベルの選手の中で自分のテニスがどれだけ通じるか、試したいんだ。だから……」
「遠距離に、なるってこと?」
「いや…違う」
「え?」
「別れてほしい」
何を言われているのかわからなかった。あまりに低く冷たい声だった。
「な、なんで…」
「向こうではテニスに集中したい。それにいつ日本に帰れるか約束できない…なまえに寂しい想いをさせてしまう。僕のことは忘れて、新しい恋をしてほしい」
「なんで…勝手に決めるの?私、ずっと待ってるよ?周助のこと想って待てるよ?」
「それじゃだめなんだ。なまえの想いは今の僕にとって重荷で…負担でしかない。日本で待つなまえの寂しい顔を思い出してプレイはしたくない。ここでしっかりけじめをつけたい」
「っ…勝手すぎるよ…!別れるって…私の気持ちはどうなるの?周助を好きな私の気持ちはどうすればいいの?…っ、酷いよ…そんなこと言うなんて酷すぎるよ…」
「酷い男だと思って構わない。最低な奴だと思って、忘れて。なまえのためにも、僕のためにも…どうか忘れて」
「周助…っ」
「ごめんね…さよなら」
寒い冬の日だった。
あれから季節は流れた。 新しい恋もした。新しい彼氏もできた。傷が少しずつ癒えていく。きっともう大丈夫。そう思っていたのに。
4年に1度のこの日が来た。「閏年」。2月29日はあの人の誕生日だった。忘れるはずもない、他人より珍しいその日は特別な日だったから。どうしても思い出してしまう。
今の彼には失礼かもしれないけれど、こればかりは仕方ない。 過ごした時間は短かったけれど、あの時彼に恋していた時間は確かなものだったから。できることなら忘れたい。忘れられるのならば忘れたい… でもそれは無理なのかもしれない。そう簡単に恋した相手を忘れることはできない。ならば思い出を美化して「そんなこともあったね」と笑って生きていたい。
いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう日が来ても… 後悔しないために。
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