2番目。
小さい頃は、それが何を意味しているのかわからなかった。 ただ、大好きな人から『一番』に想われていないのが悔しくて切なくて悲しくて。 俺は何度も父さんの胸を叩いた。 父さんはいつもと同じ、いや少しだけ困ったような顔で笑いながら、俺を宥めようと手を差し出す。 だけどその手を俺はことごとく払い除ける。 そして何度も「どうして!?どうして!?」と泣き叫びながら問う。
「父さんなんかキライだ!」
言いながら胸がキュッと痛くなる。締め付けられるように痛い。 父さんは尚も微笑んだまま、俺が叩く手を止めないでいる。 「結構痛いんだけどなぁ…」と時折呟きながらも、俺の頭をよしよしと撫でて落ち着かせようとする。 俺は涙で真っ赤になった目で父さんを睨む。
「あれ、もうおしまいかな?」
「……っ、」
「ねぇ…父さんはお前のこと、大好きだよ」
嘘つき。
「だからキライだなんて言わないで?」
「……っでも!さっき俺のこと『二番目』って言ったじゃないか!」
そう。俺は父さんに「俺のこと、世界で何番目に好き?」と尋ねたんだ。 当然一番だと予想していた答えとは裏腹に、父さんが口にした答えはとても幼児には残酷で非情にしか思えなかった。 父さんは俺のことを世界で『二番目』に好きだと答えたのだ。
「どうして俺は父さんの一番じゃないのっ!?」
俺は当時世界で一番大好きなのは両親だった。(そりゃどっちかっていうと母さんの方が好きだったけど) 両親も当たり前のように俺を一番に愛してくれていると思ってたのに、突き付けられた言葉はまるでナイフだった。 苦笑したように父さんは「二番目」と言ったから。
父さんは涙で息の上がった俺の小さな肩に手を置き、目線を合わせるように腰を屈めた。 そしてにこりと優しく微笑んで、でも真剣な眼差しで俺に言った。
「父さんの一番はね…遠い昔に大切な人にあげちゃったんだ」
「大切な人…?」
「うん。頑張り屋さんで強くて優しくて、でもちょっと危なっかしくて何かあるとすぐに一人で抱え込んでしまう…だけど温かくて、父さんを誰よりも心から愛してくれる女の人に、ね」
「それってだぁれ…?」
「母さんだよ」
父さんはふわりと優しく微笑みながら言った。
「父さんの一番好きな人は母さんなんだ。神様の前で誓ったんだ。どんな時も母さんを誰よりも愛す、って。お前にもいずれわかる時が来るよ。男の子なんだから、守ってあげたい、大切な人ができる時が必ず来る。その時、お前の大切な『一番』をその人にあげてほしい。だからお前にとっての『一番』は大事にとっておきなさい」
父さんも母さんもお前の二番目でいいから――…。
あの時の言葉の意味が、今、ようやくわかったよ。
「父さん」
父さんはいつも通り、笑みを浮かべたまま。 隣には大好きな母さんがいて。 穏やかにコーヒーを飲んでいた。
「どうした?」
「あの時の言葉…『二番目』って意味が、俺ようやくわかったよ」
「そうか」
「…俺、大切な人ができた。俺の『一番』、そいつにやりたいと思う」
そう言うと父さんはにこり、俺を見て目を細めた。
「その人のこと、大切にするんだよ?」
「ああ。わかってる」
「……?? え?なになに?一番とか二番とか何の話?」
母さんはにこにこと不思議そうな顔をしながら俺と父さんを見やる。
「母さんには内緒だよ。これは男と男の秘密なんだ」
俺もこんな家庭を築きたい。 父さんと母さんを見ながら、そう思ったんだ。
‥fin‥
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