memory





今もこれからも、きっと私にはあなただけ。





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「中学の同窓会…?」


二人きりの室内に私の声が響き渡る。


「ハガキが来てたんだ。今度の日曜日に中等部の校舎であるみたいなんだけど…」

「へぇー!いいなぁ、面白そう!行ってきなよ!」


私が周助の言葉を遮り目をキラキラ輝かせてそう言うと、周助は困ったような顔をして私に尋ねた。


「なまえ…怒らないの?」

「えっ?どうして?」

「だって今度の日曜日はずっと前から僕と遊園地に行く約束してたじゃない」

「………」

「僕、なまえとの約束破ってまで同窓会行きたくないな…」


周助がハガキを見ながら呟く。

どうやら今年の同窓会は外国に行ってる手塚くんを始め、テニス部面々みんな予定を空けて来るらしい。
テニス部だけじゃなく、学年全体で集まるという大規模な同窓会のようだ。
周助はここ数年、仕事が忙しくて同窓会に参加してなかった。
だけど今年は仕事が入ってない上に私とのデート以外予定はない。
口ではああ言ってる周助だけど心の底ではみんなに会いたいだろうし、みんなもきっと周助に会いたがってるはずだ。

私はにこっと笑って周助に言った。


「行ってきなよ 周助。私のことなら大丈夫だから!」

「でも…」

「私とデートなんて今度の日曜日以外でもできるけど、同窓会はその日しかないんだよ?すっごく貴重なんだから行かなきゃダメだよ」

「なまえ…」

「その代わりお土産話いっぱい聞かせてね!」













周助と結婚してもう半年になる。
私たちは大学の時に友達を通じて知った。
決して長い付き合いというわけではないけれど、それでも時間をかけて周助を知って、好きになって、今に至る。
周助はとても優しい人だ。
穏やかで暖かくて日だまりみたいな人。
そんな彼だから私は好きになった。
周助は…私のどんな所を好きになったのかな。



…なんて。
そんなことを無性に考えたくなった。



(そういえば私、周助の中学時代あんまり知らないかも…)


すでに同窓会に出掛けた周助。
がらんとした室内でふと私は思った。

友達からは『青学テニス部No.2』ですごくテニスが強いこと、そして学園の王子様的存在だったことくらいしか聞いてない。
一体どんな感じだったんだろう…。


興味がわいた私は書斎から周助の中学卒業アルバムを持ち出した。
勝手に覗いちゃいけないかなって気持ちより周助の過去を知りたいという気持ちの方が勝っていた。
少し埃被った卒業アルバムを布切れで拭いて私は恐る恐る開いてみた――…。







*








「ただいま」




夜10時頃帰宅した周助。
私はそれに気づかずにリビングで周助の卒業アルバムを食い入るように見ていた。


「なまえ…?」


周助が不思議そうに私の名前を呼んでくる。
その声を聞いて私は漸く周助の存在に気づいた。


「あ、周助。お帰りなさい」

「ん、ただいま。……どうしたの?懐かしいものなんか出して。それ、僕の卒業アルバムだよね?」


周助が首を傾げて私に尋ねてくる。


「勝手に覗いてごめんなさい。でも…周助の中学時代ってどんなだったかなーって少し気になって」

「そっか。なまえ、僕の中高って知らないもんね」


ふわっと微笑む周助。
私はぎこちない笑顔でそれを返す。
きっと周助は今の私の心中を知らない。
悟られないように私は極力明るく振る舞って今日の感想を聞く。


「同窓会どうだった?みんな元気そうだった?」

「うん。久々にみんなと再会したけど全然変わってなかったよ。元気そうにしてた」

「そっか…」

「テニス部のみんな以外にもクラスの子や委員会の人もたくさん来ててびっくりしたよ。今年はすごい参加者だったみたいだね」

「へぇー」

「それに結婚してる人も結構いて驚いたかな。まぁ僕もそのうちの一人なんだけど」


楽しそうに話す周助。
お土産話はたくさんあるようだ。
私は周助の話を聞きながらどうしても手元のアルバムが気になってしまう。
私の知らない周助がたくさん写っているそれは私を時折切ない気持ちにさせた。


「なまえ…?」


私の表情が曇るのをいち早く察知した周助は私の顔を覗き込む。
心配そうな周助の瞳。
ふと絡んだ視線に私は気まずくなった。


「ごめん…つまらない、よね?僕の話ばっかりで」


周助が謝る。
私はそれを聞き慌てて首をブンブンと振り否定する。
ここまできたらもうはっきりと言うしかない。


「そ、そんなことない!すごく楽しいよ!もっとたくさん聞かせてほしいくらい!」

「ホント?」

「ただ…」

「ただ?」

「なんだか寂しくなっちゃったの」

「えっ?」


目を見開いて驚く周助。
私は手元の卒業アルバムをペラペラ捲りながらフッと笑う。


「私、周助のこと全然知らないんだなーって思ったんだ。今日周助と会った人たちは私の知らない周助をたくさん知ってる…、だからね、なんだかちょっぴり悔しくて寂しい」


今も昔の周助も、すべてを知りたかった。
一緒に過ごせなかった時間が少しでもあったことが残念だった。
もしかしたら私は周助を好きになりすぎてしまったのかもしれない。


「…僕だって、なまえの今までを知らないよ?」

「でも、そんなの気にならないんでしょ?」

「今のなまえがいればね」


嬉しい言葉を投げ掛ける周助。
それに顔を綻ばせる私。
だけど心のもやもやが晴れたわけではなかった。


「…ねぇ 周助?」

「ん?なぁに?」

「周助は……私と知り合うまで、どんな恋をしてきたの?」

「え、僕?」

「うん、周助」


私は不安げに瞳を揺らし、周助に問いかけた。
周助は首を傾げて私を見つめる。


「だって中学時代の周助、今と変わらずかっこいいもん。女の子からすごくモテてたんでしょ?私と知り合う前、一体どんな人を好きになって付き合ってたのか…気になるもん」


ぷくっと頬を膨らませて拗ねてみせる。
そんな私を見て周助は苦笑しながら私の頭を撫で、優しく言った。


「僕の過去が気になるんだ?」

「………ごめんなさい…」


疑ってるわけじゃない。
信用してる。
悔しいのは周助に向けてではなく周助の過去を知らない自分にだ。
そんなことを考えて暫し自己嫌悪に陥る。
周助はフッと笑って私を見つめた。
その視線があまりに優しすぎて。
なんだか泣きそうになる。


「ねぇ 周助…?」

「ん?」


私は周助の肩に頭を預けてそっと呟くように言った。


「もう一度、ここに帰りたい?」

「昔にってこと?」

「うん…」

「………」


周助は静かに首を横に振った。


「ここには、なまえはいない」

「――。私は、いない…」

「ここにあるのは思い出だけだよ。僕は、今を生きている。そして、今の僕が愛してるのはなまえ、君だけだ」

「周助…」


ドラマの中に出てくるような愛の言葉。
こんなにもらって嬉しいものだとは思わなかった。
周助は、私が思ってる以上に私を好きでいてくれてる。
愛してくれてる。
何も不安がることはない。


「ありがとう」


私がそう言うと周助は唇に優しくキスを落としてくれた。







その晩、私たちは互いのアルバムを見せ合った。
私なんかより周助の方が私の過去に嫉妬していてなんだかちょっぴり嬉しかった。

過去には戻れない。
どんなにそれが美しいものでも、過去は過去でしかない。
そこに真実はない。

私はあなたと今を生きている。
かけがえのない今を大切にしたい。



だけどどんな今も思い出になっていく。
時間は止めどなく流れていく。

いつか今日の出来事も、

「そんな日もあったね」

って笑える日がくるといいな。
勿論、隣には大好きなあなたがいて。


私と周助のストーリーは始まったばかりなんだから。
周助 ありがとう。大好きだよ。









‥fin‥