paradox





世界は矛盾ばかり。





paradox







「周助」


放課後の教室に聞き慣れた声が静かに響いた。
僕はゆっくりと視線を声のする方へ向け微笑む。
視線の先には無表情のなまえがいた。
彼女がこんな顔をする時は、大抵怒っている。
そう、僕に対して。


「どうしたの なまえ?何かあった?」


僕がそう尋ねるとなまえは眉をひそめて僕に言った。


「……何かあったのは周助の方でしょ。」


静かな声で呟く彼女。
僕は尚も微笑みを崩さずになまえに尋ねる。


「何が?」

「…知らないとでも思ってるの?」


なまえは拳をギュッと握り締め震える声で言った。


「この間周助、2組の女の子と一緒に帰ったんだって?」

「ああ…」

「なんか恋人同士みたいに仲良く帰ってたって噂流れてるけど?」

「そうかな」

「周助が一緒に帰った理由はあの子が傘持ってなかったから?」

「そうだよ。一緒って言っても駅までだけどね」


僕がそう言うとなまえは少しずつ声のボリュームを上げて問い掛ける。
間違いなく、今の彼女は怒っている。


「どうしてそんなことするの?周助は私の彼氏でしょ?そんな優しさ、あの子を勘違いさせるだけじゃない!」

「勘違いって?」

「……周助何もわかってない!あの子は周助のことが好きなの!余計な優しさ振り撒いて勝手にライバル増やさないでよ!」

「フフ、ごめんごめん」


僕は悪びれもなしに謝る。

ホントは知ってたよ。
あの子が僕に好意を持っていることも。
ホントは彼女もあの日傘を持っていたということも。
その光景をなまえが遠くから見ていたことも。

知ってたからやったんだ。


「周助は優しすぎる…。ホントは私だけの周助なのに…。これじゃみんなの周助じゃん…」

「優しい僕は嫌い?」

「……好きだよ? っでもみんなに優しい周助は嫌い…」


本音を語るなまえ。
なまえの言葉は僕をゾクゾクさせた。
とても心地よい快感だった。


これは捕らわれた者にしかわからない歓喜と痛み。
今まで僕はなまえの前で『優しい僕』を演じていた。
なまえもそんな僕を好きでいてくれたし、何より彼女に優しくするのは当たり前だと思っていた。


だけど気づいた。
優しいだけでは足りないと。
なまえの視線をもっと集めたくて。
もっと強い視線を向けさせたくて。

他の女の子にわざと優しくしたり。
わざとなまえを怒らせるようなことをしたり。

嫉妬にまみれていくなまえを見るのは心地よかった。
笑顔のなまえがどんどん曇っていく。
目に見えて変わっていく様は僕を安心させた。



いつしか優しくしたいだけではなくなっていた。


「大丈夫。僕はいつだってなまえだけの僕だから」


そう囁くことでなまえが安心するのも知ってる。
抱き締めることでなまえが笑顔になるのも知ってる。








僕は一体何がしたいんだろう。



なまえのことは好きだ。
これからも一緒にいたい。
そして大切にしたいと思ってる。



だけど違う。

それだけじゃ足りない。








「なまえ」




名前を呼んで、彼女の唇にキスをする。

喜ぶ彼女が見たいのも、嫉妬に狂う彼女が見たいのもまた事実。



歪んでしまった僕の愛。

好きなのに苦しめて。
どうして僕は平気でいられるんだろう。



「周助、好き…」



頬を胸に寄せて呟くなまえ。

可愛いなまえ。
僕だけのなまえ。

誰にも渡しやしない。





きっと世界は矛盾で出来ている。
僕の想いと同じように。

醜さを暴いて、
歪んだ想いをぶつけて、
傷つけて、苦しめて、
多分僕はなまえを僕と同じにしたいだけなのだろう。






君が好きだから。

好きだから苦しめたくなることもある。















‥fin‥