greedy





どっちかなんて選ばせない





greedy





大好きだから後ろ姿でわかる。
蜂蜜色をしたサラサラの髪。
ふわっと香るあなたの匂い。
そして優しい笑顔が道標。
私は彼に狙いを定め、渡り廊下をダッシュした。


――ドタドタ…


けたたましい足音に意中の彼は振り向く。
そして猛スピードで駆け寄ってくる私を見つけて一瞬すごく驚いたようだけど、すぐにいつもの笑顔になった。


「しゅーすけっ!」

「なまえ!」


バフッ


周助の胸に勢いよくダイブした私を、彼はギュッと優しく抱き止めてくれた。
一見細身だけど意外にしっかりしている彼の胸板。
顔を擦り寄せ私も彼の背中に腕を回す。
BGMは今をときめくアイドルグループ、AKB48の『会いたかった』で決まり。
頭の中はそのサビの部分だけエンドレスリピート。
だけどそれを口に出してしまうのが私の癖。


「会いたかったー会いたかったー会いたかったぁーYES!周助にー♪」


するとクスッと笑って周助は私の頭を撫でた。


「AKB…なまえ好きだったっけ?」

「ううん、ふつー!」

「しかもその曲ちょっと古くない?」

「気にしなーい」


にこにこ にこにこ


周助に抱き締められると落ち着くなー。
それがたとえ渡り廊下という公の場だとしても。

私はとびっきりの笑顔で周助に甘える。
やっと周助に会えたんだから感動の再会くらいしたっていいでしょ?


「久しぶりだねー 周助っ」

「うん、お昼休みぶりだね」

「………。」


私のジョークを笑顔で軽くスルーする周助。
むむっ、これは手強いぞ!
でも負けない!今日は負けない!


「お昼休みぶりでも久しぶりなのー!だってあれから4時間も経ってるんだよ?」

「ふふっ そうだったね」

「周助は私に会えて嬉しかった?」

「うん、嬉しかったよ。だけどちょっとびっくりしちゃった。突然なまえが向こう側から走ってくるんだもん」

「えへへー」

「ダメだよなまえ。渡り廊下走っちゃ。危ないよ?」


周助が私を注意する。
それに私は「はいはーい」と返事をすると、今度は謀ったように上目遣いで周助を見つめる。
そしてにこっと可愛らしい笑顔で周助に質問した。


「そんなことより周助。今日は何の日だか知ってる?」

「ん?ハロウィンでしょ?」


そう、今日は10月31日なのだ。
一日限りの一大イベントに私は昨日からワクワクしていた。
それもお決まりのあの台詞が言いたくて。


「なまえ?」

「ふふっ 周助からどうぞ?」


私が促すと周助は苦笑しながら耳元で囁くように言った。


「Trick or Treat?」


もうそれはそれは嫉妬するくらい流暢な英語で、周助は悪戯に訊いてきた。
私は迷うことなく即答。


「トリート!」


すると周助は少し残念そうに「僕的にはTrickって言ってほしかったな…」と呟いた。
私は予め用意しておいたキャンディーをポケットから一つ出して周助に手渡した。


「私も言っていい?」

「どうぞ?」


にこにこ にこにこ


待ってました!と言わんばかりに私は最上級の笑顔で周助に問いかけるように尋ねた。




「Trick and Treat!!」




暫しの沈黙。
周助は「?」と不思議そうな顔をして私に聞く。


「“or”じゃなくて“and”なの?」

「そう!トリック アンド トリート!」


小悪魔な笑みで周助を惑わす。
今日は引き下がるつもりないよ?


「…つまりお菓子をあげてもなまえに悪戯されちゃうんだ?」

「そうゆうこと」


どっちかなんて選ばせない。
今日の私は欲張りなの。


「クスッ 可愛いなまえの悪戯なら僕は何されても構わないよ?」

「じゃあ遠慮なく!」


私は周助の首に腕を絡ませ顔をグイッと近づける。
そして自分の唇を周助のそれにゆっくり重ねた。



忘れていたけどここは校内。
しかも人通りの多い渡り廊下。
見せつけるようにキスする私に周助もこれは驚いたみたい。
普段は滅多に公の場でイチャつかないもん。
でもさ、今日くらいいいでしょ?


漸く私が唇を離すと、周助は何とも妖艶に微笑み、それはどこか意地悪で嬉しそうだった。


「ふーん、今日のなまえは随分積極的なんだね」

「あれ?動じてない!」

「クスッ 僕を誰だと思ってるの?」

「……恐るべし、マイダーリン…」


いつの間にか形勢逆転。
やっぱり周助には敵わない。


「なまえはおバカさんだからね」

「むむっ!」

「おバカさんで明るくて元気で一緒にいるとすごく楽しい」

「しゅーすけぇー」

「可愛い可愛い僕の彼女だからね」


頭をぽんと優しく叩かれる。


「周助はかっこよくて優しくて時々Sで腹黒くてー」

「………」

「でもでも!そんな周助だから私は好きになったんだー!」


ほんわか、穏やかな空気が流れる。

忘れていたけど再確認。
ここは放課後の渡り廊下。
生徒だけでなく先生も通るわけで。

思いっきり公の場でキスしていた私たちは後で生徒指導室に呼ばれることになる、のはまたの話。










帰り道、周助は私の手を繋ぎながら


「僕もなまえに悪戯してもいい?…ていうかしたいんだけど」


と呟いていた。
私は微笑み、その言葉がくるのがわかっていたかのように頷く。


「どんな悪戯?」

「秘密」

「…エッチなことはなしだよ?」

「クスッ どうしようかな?」

「ええーっ!?周助のスケベ!!」

「男はみんなスケベだよ」


開き直る周助にも愛しさを感じる。
欲張りな私は結局どんな周助も大好きなんだ。





Trick and Treat.
(お菓子くれても悪戯しちゃうぞ!)



悪戯しちゃうくらい君が好き。











‥fin‥