Kiss me






あなたからのキスが欲しい





Kiss me





大好きな周助と三回目のデート。
お洒落も自然に力が入る。
マスカラを自分の睫毛に乗せてくるんとカールさせる。

うん、今日は失敗しなかった。

鏡を見てにっこりと微笑む私。
そしてこの秋新色の綺麗なピンク色のグロスを唇にたっぷりと塗れば…
いつもの自分より可愛さ二割増しの私が完成。
小さなポシェットを肩にかけ、下ろし立てのワンピースを翻して、私は待ち合わせ場所の駅へと向かった。











「周助!」


名前を呼ぶと、彼は私の方を見て、片手を上げた。
にっこりと、いつもの微笑みを浮かべて。


「ごめん!待たせちゃったかな?」

「全然。僕が早く来すぎたんだ。大丈夫だよ」


そう答えると周助は私をじっくり見つめてふわっと花のような笑顔で言った。


「今日のなまえ、すごく可愛い」

「えっ、あ、ありがとう…」

「普段も可愛いけど、今日は僕のために頑張ってくれたって感じで嬉しいな」


目を細めて笑う周助に私は沸騰したかのように顔がボッと熱くなった。
周助と付き合うようになってまだ二ヶ月とちょっと。
学校や行事とかでなかなかゆっくりとデートできる機会がなかったけど、今日はその貴重な一日だ。
思いっきり楽しみたい。
でもまだ周助の誉め言葉には慣れないのは初々しい証拠かな?


「さ、行こうか」

「うん」


ごくごく自然に差し出される手のひら。
私は少し照れながら周助のそれを握った。





デートといっても今日は特に遠出するわけでもなく。
駅ビルの中をショッピングして回ったり、カフェで休んだりして。
時間はあっという間に過ぎていった。



周助と一緒にいるのは楽しい。
それに嘘偽りはない。
だけど何か物足りない。

そう、私たちは付き合い始めてからまだ一度もキスをしたことがないのだ。
といっても私は男の人と付き合ったのは周助が初めてだから、どのくらいのペースでどこまで進むのかよくわからない。
しかし周助と一緒にいて、すごくすごく好きになったし、同時にもっともっと彼を知りたいと思うようになった。
…欲張りになってしまったのだろうか?


(キスしたいな…)


クリア過ぎる関係のせいか、なかなかそういった雰囲気にならない。
心の中で私がそんなふしだらなことを考えてるなんて、周助は微塵にも思ってないんだろうな。

最近は“キスしたくなる女”になるために、慣れない化粧を勉強したり、リップクリームや淡い色のグロスをつけるように心掛けていた。

しかし周助はなかなかキスしてくれない。


(私って魅力ないのかな…)


どんどん沈んでくる気持ち。
気づけばもう夕暮れ時になっていた。


「…なまえ?」


周助が怪訝な顔で私の名前を呼ぶ。
私ははっとして顔を上げる。
そこには周助が心配そうな表情で私を見つめている姿があった。


「今日、楽しかった?」

「う、うん!楽しかったよ!」

「嘘。なんかずっと考え事してたよね。デート中も上の空って感じだった」

「………」

「僕といてもつまらなかったかな…」


周助が申し訳なさそうに言う。
私は首をブンブン振って周助の言葉を否定する。


「ち、違うの周助!ホントに、ホントに楽しかったの!」

「………」

「ただ…」

「ただ?」

「私って魅力ない女なのかなって…思ってただけだから…。周助は何も悪くないの…」


最後の方は声が小さくなってごにょごにょと言う感じだった。
周助は首を傾げて「どうして?」と言った。


「どうしてそう思うの?」

今の周助は怒ってるというよりは悲しんでる感じがする。
私はもごもごと口を動かして言葉にしようとするが、なかなか出てくれない。
上手く伝えられない。
周助は尚も私の言葉を待っている。
居たたまれなくなって私はボソッと漸く呟いた。


「……てくれない」

「えっ?」


小さな声は周助に届かなかったようだ。
私は意を決して再び同じ言葉を言った。
今度は周助にも聞こえるような、大きい声で。


「…っだって!周助、全然私にキスしてくれないじゃない!」

「なまえ?」

「そりゃあ女としての魅力がないのかなって考えるよ…」


しゅんと落ち込む私。
だってもう二ヶ月だよ。
私だって女の子だもん。
好きな人とキスしたい。

顔を上げて周助を見るのが辛い。
きっと呆れたよね。
困らせたよね。

私はなんだか泣きそうになった。


「…っごめんね、周助。私変なこと言ったよね」


周助を振り切って先を歩く私。


「もう時間だし帰ろ?また明日…」

「なまえっ!」


突然腕を掴まれて私はバランスを崩し、周助の胸へ引き寄せられた。
周助の匂いが鼻を掠める。
思えば今まで周助に抱き締められたこともなかった気がする。


「しゅ、すけ…?」

「ごめん…」

「えっ…何が…?」

「なまえにそんなこと思わせてたなんて…ごめん。僕、彼氏失格だよね」


周助が私を抱き締める腕の力を強くして言った。
ちょっとだけ苦しい。
でも今はそれが嬉しい。


「ファーストキスは思い出に残るものだから、ちゃんと演出がしたかったんだ。ロマンチックなシチュエーションとか考えてたんだけど…。…ダメだ…全然なまえの気持ちわかってなかったね」

「そ、それじゃあ、私に魅力がないってことは…」

「全然ないよ。むしろ最近のなまえ、すごく可愛くて僕も我慢の限界だったんだ」


周助が苦笑しながら言う。
私はそれを聞いて力が抜けてしまった。
よかった…私に魅力がないわけではなかったんだ…

涙目で周助を見つめて笑う。
周助も目を細めて私の涙を親指で拭う。
きっと今のでメイクちょっと落ちたよね。
メイクだけじゃない。
今の私、すっごく可愛くない顔してる。


「なまえ、可愛い」


私の気持ちを知ってか知らずか、周助が溶けるように甘い言葉を言ってきた。
それだけで私はもう嬉しい。


(あれ?もしかして今、キスするシチュエーション…?)


ふと気がつくと、そこには甘い空気が流れていた。
周助がクスッと笑って顔を近づけてくる。
私もゆっくりと瞳を閉じて周助の唇を待った。






重ねられた唇は温かくて。
周助みたいに優しくて甘かった。


どんなシチュエーションでも周助といれば最高にロマンチックなキスになる。
私は心の中でそう思いながら幸せを噛みしめていた。


忘れられない、私と周助のファーストキス。












‥fin‥