君に狂った薔薇になる





もう 優しくなんかしてやんない





君に狂った薔薇になる





シンと静まり返る室内。
呼吸する音だけがやけにはっきり聞こえる。
なまえは不安そうに僕を見つめている。
僕はそれにわざと気付かない振り。


そう、僕は今怒っている。


事の始まりは放課後だった。
珍しく部活が早く終わったので教室で待っているであろうなまえの元へ僕は急いだ。
いつもならテニスコート付近で僕の練習を見ている彼女。
だが今日はその姿もなく、僕は不思議に思いなまえを探した。


(なまえ、今日日直だったっけ…?)


制服に着替えた僕はゆっくりと階段を上り、なまえのクラスを目指す。
誰もいない放課後の廊下。
西日が窓から差し込み、僕の影を長く伸ばす。


―ガタガタッ


ふと聞こえた机の揺らぐ音。
なまえの教室からしたので僕は不思議に思いドアをガラッと開けた。
そこには…僕の彼女であるなまえが見知らぬ男に抱き締められている光景があった。
僕は呆然とそれを見つめる。
なまえは僕の存在に気付き、「…やっ!」と小さく叫んで男の腕から逃れた。


「周助…っ!違うの!これは……っ」


必死に誤解を解こうとするなまえ。
僕はそんななまえを視界に入れないで男の方をジッと見つめていた。
そしてフッと微笑む。


「人の彼女に手を出すなんて…いい度胸してるね」

「…っ」


静かに笑う僕から男は目を逸らし、鞄を持って教室から急いで出ていこうとする。
男がドアから出る間際、僕はいつもより低い声で呟いた。


「二度目はないから」


冷たい目で男を見つめる。
今ならこの視線で彼を射殺せそうだ。
そそくさと帰っていった男と残された僕となまえ。
重い沈黙。
僕は視線をなまえにスライドさせて、いつもより深い笑みで彼女を見る。


「しゅ、すけ」

「クスッ ダメじゃない、なまえ。そんな無防備にしてたら。もっと警戒心持たないと」


僕はそう言って教室を去ろうとする。
なまえは慌てて僕の元へ走り寄り、「違うの、周助、違うの…!」と何度も言う。
ヒクッとしゃっくりを上げながら涙声で訴えるなまえ。
僕はどんどん黒い感情が込み上げてくるのを覚えた。
僕は振り向き、目を細めてなまえを見つめる。
ビクッと、怯えた小動物のような目が、僕の瞳に映った。


「しゅう…」

「なまえには……お仕置が、必要みたいだね」











「周助…」


なまえのか細い声が、僕の部屋に静かに響く。
長い沈黙を破ったのは彼女だった。


「あの、ね…、周助、わ、私…あの人とはホントに…何もないの」

「………」

「怒って、る?」

「…別に」

「嘘…!じゃあ どうしてさっきから私の目、見てくれないの?」


ヒクッ、ヒクッ、とまた泣き始めるなまえ。
僕はようやくなまえを視界に入れ、ゆっくりと彼女を見つめる。
色のない僕の表情。
冷たい目。
そんな僕になまえは怯えていた。
初めて見せる、なまえに対しての怒り。
優しい僕の仮面が剥れて残虐な僕が現れる。


「しゅうすけ…」


その目が、その声が、その顔が、ダメなんだ。
僕を一つ一つ壊していく。


優しい僕でありたかった。
なまえの前ではいつだってかっこいい姿でありたかった。
それを、君がぶち壊していく。
醜い僕を顕にする。


もう 優しくしてあげられそうもない。


―ドサッ


なまえをベッドに押さえ付け、僕は馬乗りになる。
突然の行動に目を見開くなまえ。
僕はそんな彼女に構うことなく噛み付くようなキスをした。
狂った獣が獲物を貪るような、そんな荒々しいキス。
愛情なんてまるで感じられない。
逃げることも許さない。
なまえの呼吸さえも奪う。


(このまま僕の腕の中で息絶えてしまえ)


歪んだ感情。
凶暴化する、君への想い。
もう、僕には止める手立てはない。


「…っ…やぁ…ッ」


なまえの悲鳴も、僕には届かない。
今の僕は僕であって僕でない。
知らない自分に体を乗っ取られた感じだ。


「なまえは僕のものだ…誰にも渡さない」


暴走する行為。
けれどなまえは僕の背中にそっと腕を回す。
こんな時にも従順なんて、本当になまえは可愛いね。


「私は…周助のものだから…っ」


もっとお仕置して。
縛り付けて、離さないで。

そう呟く彼女。


涙に濡れる君を組み敷いて生まれるのは。
身の打ち震えるような悦楽。
際限のないエゴの膨張。
そして、充足感。


愛は時として凶器に変わる。
嫉妬なんて可愛らしいものはそこにはなく。
ただ君を僕という世界に閉じ込めたいという支配欲だけが存在する。



余所見なんか許さない。
他の男が君を見るのも許さない。
小さな暗闇に僕の愛しいなまえを閉じ込めて。
永久に出られなくなってしまえばいい。


「そんな周助も、好きだから…」


君によって壊されて。
君によって作られていく僕。

墜ちるならどこまでも一緒に墜ちてゆこう。
なまえと一緒なら、地獄さえも天国に変わる。


「ごめんね…」


そう呟いたのは僕だったのかなまえだったのかもわからない。
静寂の中に消えていった言葉が、いつまでも僕の耳に残った――。



(変わってしまった僕を許して。)














‥fin‥