キスはチョコよりも甘く。






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ヒロインside
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バレンタイン…ホントは私、好きじゃない。
それはきっと自分の彼氏が普通の人よりも何倍も何十倍もモテて、女の子からたくさんチョコを貰うからだ。
周助は律義な人だから、受け取ったチョコは捨てずにちゃんと食べる。
そんな所も大好きだけど。
なんだか複雑な気分になる。

それだけじゃない。
バレンタインはたくさんの人から告白されるんだ。
勿論、周助はちゃんと断ってくれるけど。
中には私なんかよりずっと可愛い子が、私よりずっと手の込んだチョコを渡すから。
不安になる。
別に周助を疑ってる訳じゃない。
だけどまるで挑戦状を叩き付けられてるみたいで。
「お前なんか不二くんの彼女に相応しくない」って言われてるみたいで。
いつも不安になる。

だからバレンタインは好きじゃない。





◇ ◇ ◇





「いやー、今年もあんたントコの彼氏は凄いわね!ダンボール何個分?」

「さぁね。5〜6個はあるんじゃない?」


教室で親友の亜夜に話を振られた。
亜夜は私の返答に目を見開かせ驚いていた。


「あれー?なまえさん、今年は意外と無関心なのね」

「今年は、っていうか毎年無関心だよ」

「ヘー、あんたって大人ねー」

「別に。普通だと思うけど…」


帰る支度をしながら私は親友の言葉に相槌を打つ。
ふと鞄の中を見やると綺麗にラッピングされた箱が目に入った。


「…それ。不二くんに渡さないの?」

「……どうだろう。気が向いたら渡すかもしれない」

「気が向いたらって…。彼氏っていうのは彼女からのチョコ欲しいもんよー?せっかく頑張って作ったんだからあげればいいじゃない」


亜夜の言葉に苦笑しながら、私は鞄の中のチョコを見つめた。
だけど何も見なかったかのように私は鞄のチャックを締め、マフラーを首に巻いた。


「私なんかのチョコが欲しいとは…思えないけどね」

「? どうして?」

「毎年某有名パティシエが作る高級チョコレートを貰ったり、モデル並みに可愛い女の子の手作りチョコレートを貰ってる人が、私の下手くそなチョコを貰って喜ぶと思う?」

「なまえ…」

「…イヤなの」

「?」

「負けたって思うのがイヤなの。だってバカバカしいじゃない。こんなことで傷ついたら。だから…今年はあげない」


私は鞄を持って歩き出す。
そしてドア付近で亜夜を振り返って、笑って告げた。


「もし周助が教室に来たら先帰ったって言っといて」

「…バレンタインは勝ち負けを決める日じゃないぞ?」


神妙な顔つきで呟く亜夜に手を振り、私は教室を後にした。





*




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周助side
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バレンタイン。
正直言うと僕はこの日が苦手だ。
たくさんのチョコを貰えるのは嬉しいけど、そのことで大切な人を傷つけてしまうのを僕は知っているから。
どんなに高いチョコレートを貰っても、どんなに可愛い子から手作りチョコレートを貰っても。
僕が心の底から本当に欲しいと思うチョコレートは君からくれるものだから。





◇ ◇ ◇





「不二ー。今年は何個貰ったぁー?」


英二の何とも間抜けな声が教室に響き渡る。


「俺、なんでか知らないけど、毎年どんどん減ってる気がするんだよなー。ねっねっ、どうしてだと思う?」

「そんなの僕に聞かれても知らないよ。英二の魅力が落ちてきたからじゃないの?」

「うーわー。そゆこと平気で言うかなふつー。もー!じゃあお前はまだ魅力があるって言うのかよ!」

「…ないよ」

「えっ」


僕は小さく呟く。
英二は不思議に思い、僕の手元や鞄の中を見たりしていたけど。
あることに気付いたようだった。


「不二…貰ってないの?」

「うん。今年はきっぱり断った」

「へぇー!そっか、なまえちゃんからのがあれば十分だもんね!羨ましいぞ、このこのー!」


英二の言葉に僕はツキリと胸を痛くした。
そして小さく呟くように言った。


「…まだ、ないんだよね」

「へっ?何が?」

「なまえからのチョコ、まだ貰ってないんだよね…」

「嘘ーっ!?なまえちゃんなら朝一番に渡してきそうだけど…」

「うん…それがないんだよね…。朝も昼も、何もなかった」


僕が苦笑すると英二はポンと手を叩いて、ニカッと笑い僕を励ました。


「じゃあきっと帰りに渡してくれるんだよ!今からなまえちゃんの教室行こ?絶対くれるって!」


そう言う英二は本当に励まし上手だと思う。
僕は力なく微笑んでなまえのいる教室を目指した。

















「えっ?なまえちゃん、帰っちゃったの?」


英二の声が今度はなまえの教室で響き渡った。


「そうよ。なまえならさっき一人で帰ったわ。不二くん来たら言っといてって言われたけど」

「だって不二、まだチョコ貰ってないって」

「うーん。今年のなまえからチョコ貰うのは相当困難じゃないかなーって思うわよ?いろいろ悩んでたみたいだし」

「悩むって、何に悩むんだよー。彼氏にチョコ渡すのに悩む必要あるー?」




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ヒロインside
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何かあるとこの公園に来る。
これは私の中で習慣化されていた。


公園のベンチに座り、鞄のチャックを開けた。
見えたのは教科書に埋まれて、ちょっと潰れかけた箱。
これでも一生懸命作ったつもり。
慣れないラッピングもした。
リボンが綺麗に結べなくて何十分もかけた。
だけど…それも結局無意味だったのかもしれない。


「……バカみたい」


私は鞄からチョコの入ってる箱を出すと、立ち上がり、そのまま近くのゴミ箱に捨てようとした。
だけど自分で作った愛着のあるチョコを捨てる勇気はなく。
私はその場に立ち尽くした。


「…なんで作ったんだろう」


あげるつもりがないなら最初から作らなければよかった。
だけど心のどこかでは自分のチョコを欲してくれる彼氏を期待していたのかもしれない。
そんなこと、ある訳ないのに。

虚しくなった私はリボンをシュルシュル解いて箱を開けた。
仄かに香る、カカオの匂い。
特にこれといって工夫を施したチョコではなかったけど。
それでも精一杯頑張った。


「……食べちゃうんだからね!」


私はそう言い、チョコを一粒取ると口に入れた。
口に広がるチョコの味。
甘いのに、何故かちょっぴり苦かった。


「周助の……バカ…」


文句を呟き、私はチョコを食べ続けた。









*



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周助side
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亜夜さんに言われた通り、通学路にあるいつもの公園に僕は急いだ。
少しでも君に会いたくて、一秒でも早く君に会いたくて。
僕は息を切らして走っていた。


「ハァ ハァ」


公園に入るとすぐになまえが目に入った。
ベンチに座り、一人チョコと見つめ合っている女の子。
間違いなくなまえだ。
僕はゆっくりとなまえの傍まで歩いていく。





「なまえ」





僕の声にハッと上を向いて驚く君。
だけどすぐにムッとして僕から目を逸した。


「…何しに来たの」

「なまえを探しに」


なまえの手元からはチョコの香りがした。
見てみると半分は既に空になっていた。
僕は苦笑してなまえに真実を告げる。


「今年は…まだ誰からもチョコ、貰ってないんだよね」


その言葉にピクッと反応したなまえ。
僕はなまえの隣に座り、呟く。


「毎年、バレンタインには誰かしらチョコを貰う僕だけど…、本当に欲しいと思うチョコは一つだけなんだ」

「………」

「だけど周りの女の子から貰うことで大切な彼女を傷つけてしまうってこと、僕も知ってるから…。今年は誰からのチョコも受け取らなかった」

「周助…」


僕の言葉を聞き、目を合わせてくれたなまえ。
申し訳なさそうな表情をしていた。


「ねぇ なまえ。このチョコ、僕にくれない?」


そう言うと、なまえは驚いたような、嬉しいような、でも困ったような、何とも複雑な顔をしていた。


「でも…チョコ、半分私が食べちゃったし…」

「僕はそれでも構わないよ」


にっこりと微笑み、僕はなまえの手の中にあるチョコを一粒取ると、口に入れた。


「……美味しい?」


そっと、遠慮がちに聞いてくるなまえ。
僕はなまえの肩を掴み、柔らかい唇に自分のそれを重ねた。
僅かに開いた唇から舌を入れ、歯列をなぞり、なまえの口内を侵すように口付けた。


「ん…っ」


ようやく離したなまえの唇からは色っぽい声がした。
僕は優しく微笑みながらなまえの髪を撫で、言った。


「甘いね」

「…うん」

「チョコも甘いけど、なまえとのキスの方がもっと甘い」


残りのチョコはこうやって味わいながら一緒に食べようか。


僕の甘い囁きがなまえの頬を真っ赤に染める。
可愛い可愛い僕の彼女。
これからもずっと、ね。










キスはチョコよりも甘く。
(照れるなまえも可愛いな)(…周助のバカ)(ホワイトデーは期待しててね)






‥fin‥