HOLY NIGHT






今年もこの季節がやってきました。
あなたは元気でやっているでしょうか?





HOLY NIGHT





冬空の下、私は一人都会の人込みに紛れてイルミネーションを見つめていた。
光の粒が濃紺の中、キラキラと輝く。
綺麗…なんて、思ったりして。
携帯を出しては閉じ、来るはずのない連絡を待っていた。







「今年は…向こうで過ごすことになりそうなんだ」

「…うん」

「どうしても外せない仕事が入って…年内に片付けたいんだ。…だから――」

「クリスマスは一緒に過ごせない、でしょ?」

「なまえ…」



「…もー、やだなっ周助ってば!私だってもう子どもじゃないんだよ?クリスマスくらい恋人と過ごせなくてもどーってことないよ?それに仕事なら尚更じゃない!」

「でも…」

「私のことなら大丈夫!今まで何年も一人で過ごしてきたし!心配しないで?」

「なまえ…」

「だから、お仕事頑張って…」



「――僕…仕事頑張るから。絶対クリスマスまでには間に合うようにするから。だから待ってて」

「うん!待ってる。周助からの連絡待ってるね!」







あれからどれくらいの月日が経ったんだろう。
物凄く長かった気もするし、でもそんなにまだ経ってない気もする。

電話も最近かかってこないけど。
私と同じくらい周助も毎日に追われてるのかな。
でも中途半端に周助の声聴いちゃったりしたらきっと――、“寂しい”なんて泣いちゃいそうで。
迷惑かけたくはないから…私からも電話はかけない。



今が一番忙しい時なんだから!
周助はお仕事頑張ってるのに、“寂しい”ばっかり言ってたらバチが当たりそう。
だから我慢しなくちゃいけないんだ。



そう言って自分を励ました。
だけど…ホントは心のどこかで私は周助の言葉を期待していた。


そして、クリスマス当日を迎えた。















社会人にもなれば仕事の都合でデートがキャンセルになるのも珍しくはない。
それに私の場合は予めそれがわかっていたはずなのに。
なんで寂しいとか、思ってる自分がいるんだろう。


街角から流れるクリスマスソング。
周助もどこかで聴いてますか?
周助の知らない私。
確かめたくないかな?

待ってる。待ってるから。
二人で過ごしたいから…。
早く帰ってきてよ…。



周助の温もりが恋しい。
優しい声で、私を呼んで。

我儘かな?…我儘だよね。

ずっと遠く、凄く遠く離れているけど。
いつも私を感じていてね。
泣かせないでね。
見つめていてね。

遠い遠いこの距離に心が、どうか止まりませんように。






TRRRR...TRRRR...
TRRRR...TRRRR...





鳴るはずのない携帯が鳴った。
電話を知らせる短いメロディー。
周助の大好きな、映画のオルゴール。


(周助……?)


私は訝しんで首を傾げる。
だけど数秒後には何のためらいもなく電話をとっていた。
早く周助の声が聴きたいと。
心が焦っていたのかもしれない。





「もしもし…?」

『……なまえ?』


久しぶりに聴いた、私を呼ぶ周助の声。
ちょっぴり低くて、でも優しい響きのあなたの声。
やっぱり聴いたら泣いちゃいそうだよ。


『今、どこにいるの?』

「うん?部屋にいるよ?特番見てる」

『……ホント?』

「フフッ やだなー周助。私、一人で寂しがってると思ってた?」

『うん』

「平気だよ。周助なしでも私はちゃんと暮らしてますから!」

『そう?』

「うん…本当に、大丈夫だよ」


なんで見え見えの嘘をついたんだろう。
すぐにバレちゃう強がりを言った。
つくづく私って可愛くないなって思う。
こんな時は“寂しい”って、素直に言った方がいいのかな。

私は大きなクリスマスツリーの下にいた。
部屋になんかいないよ。
周助が、帰ってくるのを待ってるなんて言ったら。
きっと驚いちゃうんだろうな。
いつもは細いにこ目を見開いて。
私を見つめるんだ。
『嘘つき』


周助が電話越しに呟いた。


『どうしてそんな嘘つくの?』

「嘘…なんて、ついてないよ?」

『なまえのことは僕…誰よりも理解してるつもりだよ』

「周助…」

『ホントは寂しいくせに。一人で泣いてるくせに』


周助が怒ったように私に問い質す。
いつもの穏やかな口調ではなく。
強い口調で。


(何よ…わかってるなら…言わせないでよ!)


私は急に泣きたくなった。
そして今まで寂しかった思いが、涙となって溢れてきた。
泣いたって、周助が来る訳じゃないのに。


「…っだって!寂しいって言っても会える距離じゃないじゃない!泣いたって…周助が抱き締めてくれる訳ないじゃない!」


思いの丈をすべて言ってしまおうか。
私の気の済むままに吐き出してしまおうか。
情けない嗚咽は止まらなくて。
ああ…きっと今私、凄く周助を困らせてる。
一番なりたくなかった私になってしまった。


『もっと言って。なまえの本音を僕にぶつけて』

「……しい」


私は俯いて小さく呟いた。
誰にも聞こえない声で。そっと。
そしてもう一度、今度は大きな声で叫ぶようにして言った。


「…っ寂しい!周助がいなくて寂しいよ!」


人込みの中、私は携帯を片手に泣いていた。
誰も気付かない。
私が泣いてることなんて見向きもしない。
だからなのか、私は周助に本音を伝えた。


「早く会いたい…!抱き締めてほしい…、一人じゃ、寂しいよ……!」


私がそう叫んだ瞬間。
ふわっと後ろから誰かに抱き締められた。
私はびっくりして目を見開く。
甘く優しい匂いが鼻を掠める。
この匂いは…私の大好きな彼の匂い。
冷たい手が私の手をギュッと握る。
恐る恐る振り向くと――そこには私の求めていた笑顔があった。


「しゅう、すけ…」

「やっと、言ってくれた」


向き直ると、今度は正面からギュッと抱き締められた。
冷たくなったコート。
抱き締める周助の手が氷のようだ。

だけど、私の心の氷はゆっくりと溶けていく。
まるで春が来たみたいにぽかぽかと暖かかった。


「周助…っ!」

「なまえ…ごめんね。寂しい思いさせて…」

「来てくれたんだ…」

「うん。だってなまえと約束したからね」


にこっと笑って周助は言う。


「どうして私がここにいるってわかったの?」

「うん?どうしてだろうね?僕にもわからない」


クスクス笑って、もう一度抱き締め合う。
まるで、サンタさんが私に周助をプレゼントしてくれたみたい。
私の今までの寂しさが少しずつ消えてゆく。

周助は…私の涙を親指でそっと拭うと。
おでこをコツンとぶつけ、そのまま両手で私の頬を挟む。
ひんやりとした体温にビクッと震える。


「なまえの嘘つきさん…。部屋にいるって言ったの、どこのどなたさん?」

「…ごめんなさい」

「なまえは可愛いんだから。誰かにナンパされたらどうするの?」

「周助…私もうナンパされるような年じゃないよ?」

「またそうやって減らず口をたたく…」


周助はちょっとだけ呆れたようだったけど。
すぐにいつもの笑顔に戻り、唇を重ねた。


(不意打ち…)


私がそう思ってると、周助は意地悪く微笑み、何度も何度も啄むようにキスをした。


「周助…っ!」

「嘘つきななまえには、僕から公開処刑のプレゼント」

「もう…っ!恥ずかしいってば!」


体を捩ると、周助は私の瞳をジッと見つめて、熱っぽい視線を絡めた。


「なまえ…」


耳元で響く、周助の声。
本当に夢みたい。
でも、夢じゃないんだよね…?


「寂しい時は寂しいって言って?何のために僕がいるの?なまえの寂しさごと、全部受け止めたい」

「周助…」

「僕…なまえが一人で抱え込んじゃう方が辛いんだ。だから…何でも言ってよ」

「うん…。わかった、ごめんね…周助」


そう言って。
もう一度したキスは。
さっきのより長くて、深い、大人のキス。
溶けちゃいそうな程、甘い甘いお菓子のような柔らかい感触に身を任せて。


聖なる夜はこうして更けていく――。










なまえはホントは寂しがり屋さんだから…
僕がいない時にこっそり一人で泣いてるんだよね…

でも もう大丈夫。
僕が傍にいるよ。

今夜はずっとなまえを抱き締めてあげる。
二人で朝を迎えようね…









‥fin‥