セレンディピティー





あなたは僕の、運命の人でした。





セレンディピティー









「周助ぇ〜、もっとお酒持ってきて〜!」


由美子姉さんの声がリビングに響き渡る。

今日は由美子姉さんの会社の後輩が家に遊びに来ているということで、姉さんのはしゃぎっぷりが凄い。
母さんはたまたま同窓会に行っていなかったから、この家には姉さんと姉さんの後輩と僕の3人だけ。
男一人ということもあり、僕は姉さんに扱き使われっ放しだ。


「周助ぇ〜、早く〜!」

「今持ってくよ」


僕は苦笑しながら冷蔵庫に向かい、缶ビールを中から取り出す。


「はい、姉さん」

「ありがと〜 周助♪」

「ごめんね、周助くん」



ほんのりと赤くなった顔で微笑み、僕に言ってきたのはなまえさん。
今までも何度か家に来たことがあったので、顔と名前、それに年くらいは知っている。
なまえさんは小柄で童顔だ。
だから僕より本当に年上なのかなって疑っちゃうこともあるくらい、可愛い感じの人だった。


「ちょっと周助ぇ〜、これビールじゃない!」

「うん?そうだけど?」

「こんなんじゃ物足りな〜い!もう飲み飽きたわよ〜!ウォッカ持ってきて、ウォッカ!」

「姉さん…それはちょっと…」

「何よ〜!周助ぇ、逆らうつもり?今日はね〜、可愛い後輩が来てるんだから、たっぷりと飲み明かしたいのよ〜」


姉さんの眉間に皺が寄り、愚痴が漏れる。
隣のなまえさんはまだほろ酔いなのに対して、僕の姉さんはというと既に泥酔一歩手前。
流石にここまで来ると身内ながら恥ずかしい。


「由美子先輩、飲み過ぎは体によくないですよ」

「何よ〜なまえ〜、今日くらいいいじゃない!アンタももっと飲みなさ〜い!」


姉さんはフラフラとした足取りで棚まで行き、手を伸ばしてウォッカをグラスに注ぐ。
そして喉に流し込んだ。


「おいし〜」


そう一言呟いた後、テーブルに突っ伏すようにしてスースー眠ってしまった。


「ちょっ!由美子先輩ッ!?」

「大丈夫だよ、なまえさん。いつものことだから。心配しないで平気だよ」

「う、うん…」


シンと静まり返る部屋。
姉さんが酒の飲み過ぎで急に眠ってしまったから、僕となまえさんの二人だけになってしまった。
寝息をBGMに二人の間に沈黙が続く。


(何か話した方がいいかな…)


僕はチラッとなまえさんを見つめると、なまえさんも同じことを考えていたらしく、僕とパッチリ目が合った。
クスッと微笑むなまえさん。
僕も自然と笑顔が零れる。


「由美子先輩って家でいつもこんな感じなの?」

「そうですね…大体こんな感じです」

「面白いお姉さんだね」

「…ちょっと五月蠅い所もありますけど」

「あはは!確かに!」



なまえさんが口に手を当てて笑い出した。
一つ一つの動作も女の人…というよりは女の子って感じで可愛らしかった。
僕は初めて胸の高鳴りを覚える。


「周助くんは今高3?」

「はい、一応受験生です」

「ってことはえっと…私の1、2…5歳下かぁ!」

「クスッ 見えませんね」

「ちょっとー!それってどういうことよー!」


なまえさんがムスッとした顔で言う。
そんな怒ってる表情も可愛くて、子どもっぽくて。
僕は新鮮な気持ちになった。


「だってなまえさん、どう考えても僕より年上には見えないんだもん」

「うわー周助くん!それって失礼だよー?」


なまえさんは口を尖らせた。
そして先程姉さんが飲んでたウォッカの入ったグラスに手を伸ばし、僕に見せつけた。


「私だってこう見えても大人なんだからねー?」

「なまえさん?」

「ウォッカくらい…」


そう言ってグビッと一口だけ飲んだみたいだけど、すぐにしかめっ面な顔をしてペロッと舌を出した。


「…まだちょっと苦手みたい」


なまえさんはにこっと笑い目を細める。
心に暖かいものが広がる。
可愛い人だと思った。

…もしかしたら僕、この人のこと好きなのかもしれない。









「周助くんはさ、彼女いないの?」

「えッ?」


予想外の質問に僕は目を丸くした。

「いやー、周助くんかっこいいし、由美子先輩の話によるとテニス相当上手いらしいじゃない」

「そんなことないですよ」

「またまたー!私にまで謙遜しなくていいってばー!周助くん優しいし、かっこいいから可愛い彼女いるんじゃないのー??」

「そういうなまえさんだって、素敵な人いるんじゃないですか?」

「へッ?わ、私?」


顔がボッと赤くなるなまえさん。
あー、この様子じゃきっと彼氏持ちだな…。
僕は淡い期待を自分で消し去った。
でも自分の気持ちに気付いた以上諦めるつもりないけどね。


「わ…私、実はね、今まで誰とも付き合ったことないの…」

「えッ?」


再び僕は目が丸くなる。
何ていうか、驚きよりも嬉しさの方が勝ってる感じ。


「だからね、その…キスもまだしたことがないんだ…」


恥ずかしそうに呟くなまえさん。
意外。経験豊富そうに見えたんだけど、人って見掛けによらないな…


「…ねぇ 周助くん?」

「何ですか?」

「お願いがあるの」

「…?」


なまえさんが訴えるような眼差しで僕を見上げてくるから、僕はドキドキしてしまう。
次の言葉で僕は更に心臓が止まるかと思うのだけれど。


「キスの実験相手になってくれない?」

「え…?」


――今、何て?


「周助くん経験豊富そうだし、私のキスを評価してほしいの」

「ちょっ…!なまえさん!?よ、酔ってる?」

「うん、酔ってる」


気がつけばとろーんとした瞳で僕を見つめていた。
う、嬉しいけど…心の準備が……


「ちょっと待って!なまえさん!僕は…ッ――」

「なにー?待てない」


グイッと腕を引かれ、唇を奪われる。
突然の出来事。
目も開けたままだったので、なまえさんの睫毛が瞳に映った。
それは触れるだけのキスだったのに、何故か甘い味がした。


「――ッ…」


唇がゆっくり離される。
なまえさんはにっこりと笑い「ねぇ どうだった?」と尋ねる。
期待を込めた眼差し。
でも僕はというとちょっと不服だ。
せっかく好きな人からキスしてもらったのに、あんまり嬉しくはなかった。
まるでこれじゃあ実験台じゃないか。


「なまえさん…」

「ん?何?」

「違うよ」

「え!?何が??私のキス、なんか変だった…??」


その発言に思わず笑いそうになったけど。
僕はジッとなまえさんの瞳を見つめて言った。
とても大切なことだから、ちゃんと伝えたいんだ。


「キスは男からするものだよ」

「え、しゅ…――、」


今度は僕からのキス。
頬を両手で挟んで固定して、唇と唇を重ねる。
酸素を求めて僅かに開いた隙間から、舌を差し込み歯列を割ってなまえさんの舌を探す。
どちらのものかわからなくなった唾液が口元を伝う。
なまえさんも僕に応えてくれてるようで、角度を合わせ、何度も唇を求め合う。
長くて激しいキス。


やっとのことで離した時には既になまえさんは息が上がっていて、なんだかとても色っぽかった。


「しゅ、すけくん……」

「好きです。なまえさん」

「へッ?」

「僕と付き合って下さい」


突然の告白になまえさんは驚きを隠せていないようだった。


「だって…私、周助くんより年上――」

「関係ないよ」


なまえさんの言葉を遮る。


「僕はなまえさんが、好きなんだ」

「わ、私は…」





そう言った後、なまえさんは僕に倒れるように体を預けてきた。
スースーとどこかで聞いた息遣い。
もしかして、寝ちゃった――?



あどけないなまえさんの寝顔にフッと僕は苦笑した。


(まだ返事、訊いてないんだけどな…)


でももしダメでも、僕は諦めないよ。

逃した獲物は離さない獣のように、なまえさんは僕に捕らわれたんだ。
逃がしはしないよ。




また目が覚めたらもう一度告白しよう。
忘れてたらまた熱い口付けで思い出してあげる。




思わぬ所に運命という悪戯は落ちているんだ。
そしてそれを幸運に変えるかは、自分次第。
招きよせてみせるよ、君を。
素敵な君とのこれからの未来を。





















‥fin‥