君にkiss








ねぇ キスの味を教えて?





君にkiss





大好きな人とのキスは。
きっと女の子なら誰もが憧れると思う。

いつかきっと。
あたしの前に、あたしだけの王子様が現れて。
おとぎ話のお姫様のようにあたしは素敵なキスをするんだ。





「なまえも今時純よねー」

「な、何が?」


親友の亜夜と放課後ガールズトークをしていた時のこと。
亜夜は突然あたしにそう言った。


「好きな人とキスするのが夢だなんて」

「悪い?」

「いや…アンタ、この年にもなってキスもしたことがないのかと思うと亜夜姉さんは可哀相で可哀相で…」

「失礼しちゃうわね!あたしはホントーに好きな人とじゃなきゃキスできない質なの」

「へぇー。じゃあなまえはなまえなりに相手を選んでる訳だ?」

「だって…。キスは遊びじゃないもん…」

「ハイハイ。いつかなまえの前に素敵な王子様が現れることを祈ってるわ」

「なんか投げやりー」


そう。
キスは遊びじゃない。
あたしにとってキスは特別なモノなのだ。


「でもそう考えてるのは女だけで、男はもっと軽く考えてるんじゃない?キスってやつは」

「そんな奴最低だよ!キスはねぇ…すごく大事なのッ!」

「なまえの恋愛論は堅苦しくてあたしには理解できないわー」

「別に…わかってもらおうなんて思ってないもん」


抱き締め合ったり、キスしたり。
愛の言葉を囁き合ったり。
手を繋いだり、たくさんお喋りしたり。
でも恋人との愛はそれだけじゃないと思う。
会えるだけで幸せを感じたり。
可愛い恋心をいつまでも持ち続けていたい。
そしていつも新鮮な気持ちで過ごしたい。


「ハードル、高過ぎるのかなぁ…」


亜夜とバイバイした後、あたしは一人教室の机に突っ伏してぼやいた。
外は夕焼け色に染まっていて。
部活を終えた生徒たちの賑やかな声が聞こえた。


「キスは…誰でもいい訳じゃないよ…」


もう一度あたしは呟く。
高校3年生ともなれば。
キスの一度や二度、経験している人がほとんどのはずだ。…たぶん。
あたしはそういうのに全く縁がなかったから、キスなんて勿論したことなかった。
焦るモノでもないけど、一体キスがどんなモノなのか。
最近あたしは気になって仕方がないのだ。



「あれ?みょうじさん?」

「不二くん…?」


クラスメートの不二くんがドアの付近に立っていた。


「部活は?」

「終わったよ。もうすぐ大会近いから体調整えておけって早めに終わったんだ」

「ふーん」

「教室へは忘れ物取りにきただけなんだけどね。みょうじさんはずっと教室にいたの?」

「うん。亜夜とダベってた!」

「星川さんと?みょうじさん仲いいもんね」

「えへへー」


にこやかに笑うクラスメート。
不二くんは誰にでも優しい。
おまけにかっこよくて運動神経抜群で、頭も良くて笑顔が素敵。
こんな人探してもなかなかいないと思う。
女の子にもモテモテで。
いつも可愛い子が近くにいるイメージがある。
その…。経験もなんか豊富そうだ。


「どうしたの?みょうじさん。深刻そうな顔して」

「不二くんってさ、」

「?」

「女の子とキス、したことある?」

「え?」


あたしが真顔で真剣に尋ねたら。
不二くんはすごく驚いた顔をして固まってしまった。


「…どうして?」

「いや、不二くんモテるし…なんとなく女の子との経験豊富そうだなぁって思ったから」

「僕ってみょうじさんにそんなイメージ持たれてたの?」

「だーかーらー、なんとなくだってば!」


不二くんが一瞬開眼したように見えてあたしはたじろぐ。


「クスッ 冗談。…でもさ、みょうじさん。もしも“あるよ”って言ったらどうする?」

「そうだなぁ…」


こう訊くってことはやっぱり不二くん、女の子とキスしたことあるんだね。
ここは一つ、大人な先輩に何か聞いておかないと。


「キス、どんな味がした?」


よく言うじゃない。
初キスはレモンの味がした、とか。

不二くんはあたしの質問に一瞬目を見開いたけど、すぐに目を細めてクスクスと笑った。


「な、なんかあたし、変なこと言った?」

「いや…みょうじさん、面白いなって思って」

「そんな失礼な!」


お腹を抱えて笑う不二くん。
その笑顔がなんだか可愛くて見惚れてしまったのは秘密にしておくね。


「みょうじさんはキスしたことないの?」

「ふふん!あるよー♪」

「あ、したことないんだ」

「な!?なんでわかったの!?」

「嘘、バレバレだよ」

「そんなぁ…」


シュンとヘコむあたし。
そうだよね。
幼稚園児や小学生でもキスしてるってご時世なのに、この年にもなってまだキス未経験なんてちょっと恥ずかしいよね…
あたしはなんだか自分が惨めに思えて泣けてきた。
亜夜も言ってたけど、あたしちょっと頭堅すぎるのかなぁ…

すると不二くんはあたしの気持ちに気付いてか、少しずつあたしに歩み寄り、目の前の席に座る。
親指で前髪をいじり、意味深にクスッと笑った。


「みょうじさんのポリシー、僕とっても素敵だと思うよ」

「不二くん?」

「それは本当に好きな人とするのが最高のキスだと。僕も思うから」


頬に手を添えられ、だんだん下がってきた親指が唇に触れる。
不二くんの指の感触が気持ち良くてうっとりとしていたら。
有り得ないくらい優しい眼差しで不二くんはあたしの瞳を捕らえ。



次の瞬間――。



不二くんの唇があたしのそれに触れていた。


柔らかくて、温かくて。
唇から不二くんの温度が伝わってくるような、そんな感じがした。
キスされたんだと気付いたのはそれから数秒後のことだった。


「…ど、して――?」

「僕、みょうじさんにキスしちゃったね」

「…ッ違う!どうしてあたしにキスしたのッ!?」

「したくなったから、かな?」

「最低ッ!!あたし…ファーストキスだったのに…したかったからしただなんて……」


だんだん頭が冴えてきた。
確かに不二くんに見惚れてたのは認める。
指の感触が気持ち良かったのも認めるけど!
いきなりキスするとは何事!?


「キスの味、知りたかったんでしょ?」

「へ?」

「だから、キスの味。口で説明するの難しいから実際に実演した方が早いかなって」

「………」

「本当に好きな人とするのが最高のキスなら、僕はたった今、最高のキスの味をしめたってとこかな」

「それってどういう…」

「こういうこと」


再び唇に降ってきたチュッと軽く触れるだけのキス。
あたしはただ唖然とするしかなかった。


「…不二くんって…プレイボーイ?」

「フフ…君にだけね」

「あたし…憧れのファーストキスがこんなカタチで終わるなんて思ってもみなかった…」

「僕は最高の思い出になったけどね」

「え?不二くん、もしかして……」

「クスッ 僕は一度も“キスしたことある”とは言ってないよ」

「……!!」

「これからよろしくね、僕のお姫様」








王子様はある日突然現れる。
あたしの前に、一番大事なハートをさらって。

キスに味なんてないのかもしれない。
みんなの言うキスの味って単なる後付け。
だってそうでしょう?
おとぎ話のお姫様だって教えてくれない、キスの味。
きっとそれは秘密で特別なモノだから。




「みょうじさん」

「なぁに?」

「僕を夢中にさせたこと、後悔しないでね」












‥fin‥