今日と明日の間で。
大好きな君に祝ってもらえれば。 それだけで僕は世界一の幸せ者になれるんだよ。
今日と明日の間で。
今日は僕の誕生日。 今年の2月には29日がないから、大抵の人は28日である今日を祝ってくれる。 彼女のなまえも、今日祝ってくれた。
一緒にデートして、食事をして。 プレゼントには腕時計を貰った。 なまえ曰く、「あたしと一緒にこれからも時を刻んでほしい」と。 シンプルで高級感漂うそれはきっと高価な品だったんだろうな、と思う。 そういえば最近なまえはバイトに明け暮れていたから。 それが僕のためだったんだと思うと自然に笑みが零れる。
そんなこんなでなまえとデートをし終えた訳だけど。 彼女はまだ物足りないという顔をして僕を見つめた。
「なまえ?」
僕がなまえの名前を呼ぶと、なまえはおずおずとちょっと照れくさそうに俯きながら一言呟いた。
「もっと…、一緒にいたいな……」
「え?」
僕は耳を疑った。 もっと一緒にいたいって…つまり夜を共に過ごすってこと? 僕は高鳴る鼓動がなまえに伝わらないように、そっとなまえを抱き締めた。
「なまえ…ありがとう。でもなまえ、そろそろ門限じゃない?」
「大丈夫。今日は周助の誕生日だよ?あたしにとって…特別な日なの。だから…最後まで一緒に過ごしたい」
そう言われて軽く眩暈がした。 あぁ 僕、なまえに愛されてるなって。 僕は抱き締めた腕をギュッとより一層強くした。 密着した体。 僕はなまえの耳元で囁いた。
「嬉しいな。なまえがこんなに僕を想ってくれてるなんて」
「うん。今日は周助にとって、最高の誕生日にしたいから」
「その気持ちだけでも僕は嬉しいよ」
そう言って、手を繋いで僕らはマンションへ向かう。
僕は大学に入ってから一人暮らしを始めた。 だから今日はそこでなまえと日付が変わる瞬間を過ごす。 誰にも邪魔されない空間。 君と二人きり。 夜に恋人の部屋に訪れることの意味、君はちゃんとわかってるのかな。 ドキドキしている僕とは裏腹に、いつもと至って普通ななまえ。 なんだか間が抜けてしまう。
ただただ、言葉を交わす。 時折冗談を混ぜ込んだりして。
ふと訪れた話の合間に。 君と目が合う。 真剣な眼差しで大きな瞳を覗き込んでみる。 君はきょとんとして僕を見つめる。
「ねぇ なまえ」
「ん?」
「夜に、こんな普通の会話だけって淋しくない?」
「え…」
なまえは首を傾げて僕を見る。 僕は苦笑してなまえの頬に手を添える。 「もっと、恋人らしいことしようよ」
「ちょっ…待って!」
君をベッドに寝かそうとすると、なまえは渾身の力を振り絞って抵抗する。 僕は不思議に思い、「どうしたの?」と尋ねる。 なまえは照れくさそうに顔を真っ赤にさせて僕に言った。
「あのね…、もうちょっとだけ…待ってほしいの」
「どうして?」
「本当の誕生日を…どうしても祝いたいの」
「本当の誕生日?」
僕はわからなくて首を傾げる。
「29日…今年はないんだよ?」
「あるのッ!」
「え?」
僕の言葉に否定するなまえ。 僕はなまえの瞳をもう一度覗き込み、見つめる。 なまえの真意がわからない。 僕は黙ってなまえの言葉を待つ。 するとなまえは時計を指差して言った。
「0時から0時1分になるまでの間は厳密に言えば28日でも3月1日でもないんだよ?」
「なるほど。確かに3月1日は0時1分からだもんね」
「でしょう?短いけど、その一分間が本当の周助の誕生日なの。あたし、どうしても周助をお祝いしたくて…」
「わかった。でも…どうやってお祝いしてくれるの?」
「それは秘密」
なまえはにこっと微笑んで僕に言った。 僕はなまえの頭を撫でて、日付が変わる瞬間を待ちわびていた。 やがて訪れる一分間だけの29日。 なまえが作ってくれた、本当の僕の誕生日まであと数分。
「なまえ?」
「ん?」
「今日はどうもありがとう」
「? なんで周助があたしにお礼を言うの?」
「だってなまえが僕のためにここまでしてくれるなんて…思ってもみなかったから」
「ならあたしも周助にお礼を言わなきゃ」
「え?」
するとなまえは僕の手に自分の小さな手を重ねて、小さく呟いた。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「なまえ…」
「生まれてきてくれて、あたしと出会ってくれて、付き合ってくれて…ありがとう。あたし周助にずっと言いたかった」
「なまえ、」
「あ、こんなこと話してたらもうこんな時間。あとちょっとで0時だよ?」
「うん、そうだね」
「じゃあねー、今から周助は目を瞑って下さい。あたしがいいよって言うまで目を開けちゃダメだからね?」
「? わかった」
一分という短い時間になまえは何をやってくれるのだろう。 僕はドキドキしながら瞳を閉じた。 時計の針の音だけが耳に響く。
コツ...コツ...
「まだだからねー?10…9…8…7…」
君のカウントダウンが始まった。 心の中で僕も一緒になって数える。
「6…5…4…3…2…1――。」
ゼロと心の中で数えた瞬間。 僕の唇に温かいそれが重ねられた。 僕は思わず目を開けてしまった。 普段恥ずかしがって自分から滅多にキスしてこない君が、今日はこんなにも積極的にしてくれるなんて。 誕生日の特権かもしれないね。
なまえは僕の後頭部をしっかり抑えて長くキスをする。 酸素を求めて僅かに開いた隙間から舌を入れて、求め合う。 激しいキスに体中が痺れた。 甘い痛み――。
僕は再び目を閉じてなまえのキスを堪能する。 いつまでも味わっていたい。 大好きな君とのキスは気持ち良くて。 時間を忘れてしまいそうだった。
どれだけ長い間していたんだろう。 唇を離したなまえの瞳は潤んでいて、僕はなまえの目元に親指を当てる。
「なまえ…」
「一分間…ちょっとオーバーしちゃったけど。周助の誕生日をキスして過ごすことができてよかった」
嬉しそうに微笑む君が眩しくて。 僕は目を細めた。
「僕も。嬉しかったよ。まさかのサプライズプレゼントがなまえのキスだったなんてね」
「よかったー!周助、喜んでくれた?」
「勿論」
「よし!じゃあ周助の誕生日も祝ったことだし、何か飲もうよー」
「なまえ?」
「ふぇ?」
僕はベッドから立ち上がろうとするなまえの手首を掴み、押し倒す。 なまえは何が起きたかわからない様子。 僕はクスクスと笑い、なまえの瞳を覗き込む。
「しゅう……?」
「キスもいいけど、僕はなまえもほしいな」
「…!」
「さっきのキスで僕自身も元気になっちゃったし。なまえでもっと僕を満たしてよ」
「周助…!」
「ってことで、頂きます」
僕らの熱い夜はこれから。 今年はないはずだった誕生日だけど、君が作ってくれたから。 今日と明日を繋ぐ一分間が29日なんてロマンティックなことを教えてくれた君。 29日なんてなくても僕はよかったけど。 君が嬉しそうな瞳で祝ってくれたから。 僕は世界で一番幸せな、素敵な誕生日を過ごすことができた。
願わくば、この先も。 ずっとずっと祝ってもらえたらいいな。
なまえが大好きで仕方ないんだ。 僕を溺れさせた罪、ちゃんと償ってよね?
‥fin‥
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