世界一幸せな、あたし。






それにしてもわからない。
あたしは午後の授業中ずっと考えていた。

周助はあの日確かにあたしのチョコはいらないと言った。


『なまえがくれないのなら、無理して貰う必要ないかな…』


なのにやっぱり欲しいとか、意味わかんない。
渡してからこんなこと思うのもなんだけど、あたし、損してばっかな気がする。
つまり、あたしはまだ周助を許したわけではないのだ。


(だってもやもやがありすぎる!周助の考えてることわかんない!)


一番近くにいるはずなのに。
一番わからない彼氏。


(それともあたしがわかりやすいだけなのかな…)


机に突っ伏したまま、あたしは悶々と考えていた。











-- 放課後 --





あたしが鞄に教科書を入れていると、不意に背後から声がした。


「なまえ」


にこにこといつも通りの微笑みを浮かべ、ドアに寄りかかりながらあたしを待っている周助。
迎えに来たのだろうか?


「なに」


あたしは低い声で答える。
ぷりっと膨れっ面な顔をして。


「なまえを迎えにきたんだよ」

「ふぅん」

「あれ…なまえ、まだご機嫌斜め?」

「ご機嫌斜めも何も!あたしはまだ周助のこと許したわけでも何でもないから!そこのとこ、誤解しないでくれる!?」

「なまえ…僕は…」


周助が何か言いかけた時、周助の背後から可愛らしい女の子の「あのー…」という、おどおどした声が聞こえた。
周助とあたしは同時に彼女を見る。


「お忙しいところすみません…不二先輩、今いいですか?」

「…? 何かな?」


女の子はもじもじしたまま顔を真っ赤にして周助だけを見ている。
きっと彼女の視界にあたしは入ってないのだろう。
上履きの色を見る限りだとどうやら二年生、つまりあたしたちの後輩のようだ。
彼女の手には可愛らしいピンクのラッピングバッグがしっかりと握られていて、あたしは瞬時に『告白だ…』と理解した。



目の前で彼氏が女の子に告白されるところなんて見たくない。
周助が、にこにこしながら他人のチョコを受け取る姿も見たくない。



「あのっ!わたし…不二先輩のこと、ずっと好きでした!これ…受け取ってくださいっ!」



あたしは黙って聞いていた。
胸がもやもやする。
居心地が悪い。
今すぐにでも走って逃げ出したくなるくらい、あたしは嫌だった。

暫しの沈黙。
そして周助は小首を傾げて言った。


「……ありがとう」

「…ッ」


(周助のバカッ!)


あたしの気持ちなんて全然わかってない!
やっぱりあの子からチョコ受け取るんだ!

そう思ってあたしは教室を飛び出そうとしたけど、次の周助の言葉を聞いて足が止まってしまった。




「僕を好きになってくれてありがとう。でも僕には大好きな彼女がいるから…君の気持ちには応えられない」

「わかってます…でもこれだけは受け取ってください…!」


そう言ってチョコを差し出す彼女。
目には涙が浮かんでる。


「……ごめんね」


周助は言った。


「君の気持ちは嬉しいけれど、そのチョコを貰うことによって僕は大切な人の心を傷つけてしまう。それは何よりも嫌なんだ。だからごめん、それは受け取れない…」


女の子は尚も続ける。


「受け取ってくれるだけでいいんです……それもだめですか…?」


周助は彼女の目を見て諭すようにして言った。


「いつか君にも彼氏ができたとき、きっと僕の彼女の気持ちがわかると思うよ。ごめんね、君の気持ちに応えられなくて」


僕はなまえが好きだから。


周助ははっきりそう言うと彼女はパタパタと廊下を駆け出してしまった。
あたしは…なんだか複雑な気持ちで周助を見つめた。


「………罪な男。」


あたしはこの期に及んで尚も悪態をつく。
それに周助はクスッと笑い「本当だね」と言った。
どうやらこの男には、どんな嫌味も通じないらしい。


「貰ってくれるだけでいいって言ってたのに。あれで断るなんて周助悪魔だね。それにどうしてあの子のだけ貰わないの?他の子からは貰ってるクセに…」

「残念、なまえ。今年は誰からも貰ってないんだ。なまえ以外は誰からも、ね」

「ウソ…」

「本当」


さ、行くよ。
とあたしの手を握り歩き出す周助。
確かに周助の手元にはいつもは段ボールたくさんのチョコがあるのに、今年はそれがない。
まさか、断ったのだろうか。


(あたしの、ために……??)



そして向かった先はなぜか周助の家で。
あたしは何がなんだかさっぱりわからない。


「周助…?」

「まぁいいから。入って?」


案内されるままお家に上がると周助はリビングに向かった。
あたしはとりあえず玄関で固まっていたが周助がおいで?と手招きしたので誘われるままリビングにお邪魔した。


「あの…、周助…」

「ねぇなまえ、僕はこれから三つなまえに謝らなければいけないことがあるんだ」

「え…?」

「一つ。あの日、なまえに向かって言ったこと。なまえからのチョコはいらないって言ってしまったこと。なまえの気持ち、全然考えてなかった。ごめんね…」

「周助…」

「二つ。今までなまえの気持ちに気づけなくてごめん…。僕が他の子からチョコ貰うたびに傷ついて嫌な思いしてたよね。本当にごめん…」

「………」

「それから三つ目は…なまえに内緒で僕は女の人と会ってた。多分、なまえも偶然目撃したって星川さんが言ってたから知ってるとは思うけど…」

「……うん。」

「ごめんね。でもこれはギリギリまでなまえに黙っておきたかったんだ。サプライズにしておきたかったんだ。いろいろ誤解してるようだから言っとくけど、あの人とは何もないよ?」

「………」

「今日はなまえに、これを渡したかったんだ」


周助があたしに差し出してきたのは。
赤いリボンに包まれた、長方形の箱。
そして甘い匂い。


「……これ、は?」

「僕からなまえへバレンタイン」

「え〜っ!?!?」

「あれ?なんか凄く驚いてない?」

「お、驚くも何も…どうして周助が!?バレンタインって女の子が男の子に渡すものじゃ……」

「最近は巷で男の方が女の子に渡す“逆チョコ”が流行ってるって英二が言ってたけど…あれ?違う?」

「逆チョコ…」

じゃあもしかして周助があたしのチョコいらないって言ったのは…


「あたしのチョコ期待してなかったからじゃなかったの…?」

「勿論。今年はなまえに僕が渡したかったからなんだ。でもそれを言ったらネタバレになっちゃうし、僕もいろいろ苦労したんだよ?」

「じゃあ…あの綺麗な女の人は…」

「姉さんの知り合いのパティシエ。僕にチョコの作り方を教えてくれた人」


周助の言葉を聞いてあたしはへたっと床に腰を下ろした。


「なまえ?」

「…った… よかったぁ…」


うるうると涙で視界が滲む。
あたしは、すべて勘違いをしてたんだ。
周助はあたしにこんな素敵なサプライズをしてくれていたのに。

泣いているあたしに手を伸ばして、親指でそっと涙を拭ってくれる周助。
その指先が温かくて、また涙が溢れる。


「泣かないでなまえ…」

「だって…だってあたしっ、周助に酷いことたくさん言った!引っ叩いたりもした!あたし…彼女として最低…」

「そんなことないよ。なまえは僕のために一生懸命チョコ作ってくれたじゃない。僕はそれだけで嬉しいよ」

「でも…でも…!」


あたしが言葉を続けようとすると、周助はあたしの唇に人差し指を当てて黙らせる。
周助と、目が合うあたし。


「ね、僕のチョコ、開けてみて?」


可愛らしくお願いされてはあたしも訊くしかない。
リボンをシュルシュルとほどき、長方形の箱を開ける。
途端に溢れるチョコレートの甘い香り。


「すごい…」

「一応、僕の手作りなんだ。チョコの中にラム酒を入れたり、アーモンドを入れたり、一つ一つ味は違うんだよ」

「……食べてみても、いい?」

「勿論」


一粒、チョコを手に取り口の中に入れる。
途端に広がるカカオの風味。
舌先から口全体にチョコレートの味が行き渡る。


「美味しい…」

「本当?……じゃあ、僕にも頂戴?」


そう言って周助はあたしの顎をくいっと持ち上げて唇をそっと重ねた。
そして僅かに空いた隙間から舌先を入れ込ませてあたしの口内を侵す。


「ん…っ、」


周助のキスっていやらしい。
あたしのすべてを持ってっちゃう。
思考回路が止まってしまう。
でも嫌いじゃない…むしろ…好き。


「甘いね」


漸く唇を離した周助は、とろんとした瞳のあたしを見てそう言った。


「甘くて、ちょっぴり苦い。クスッ なまえはビターチョコみたいだね」

「そ、そうかな?」

「ね、もう一回試してもいい?」

「ん…」


何度も何度も口付けるあたしたち。

チョコも甘いけど、周助からくれるキスの方がずっとずっと甘くて。
あたしはゆっくりと周助に身を委ねた。











周助がくれた突然のサプライズ。
あたしはどんな時も周助に愛されていることを知った。


いろいろあったけど、終わりよければすべてよしだよね?

あたしは周助からのチョコを口に含みながら、そんなことを思った。







周助に抱き締められてるあたしはきっと誰よりも、世界一の幸せ者!
















(act.6 世界一幸せな、あたし。)