わからない、あたし。





もやもやする気持ちを抱えたまま、あたしはバレンタイン当日を迎えてしまった。

朝から青学テニス部レギュラー陣は女生徒からのチョコラッシュに大変そうだった。
あたしはというと…まだ周助に会ってない。
どんな顔して会えばいいのか、正直わからないから。
周助はとっくにあたしに愛想尽かしているかもしれないのに、未練がましくもチョコを渡していいものなのか、あたしは迷っていた。


(周助は…最初からあたしのチョコ期待してないもんね…)


ふぅ、とため息をついていたら亜夜が近づいてきた。
なんか、心配そうな顔してる。


「なまえ?まだ不二くんにチョコ渡してないの?」

「ん…」

「渾身のガトーショコラ、出来たんじゃないの?早く渡しちゃいなさいよ」

「……よく考えてみたらさ…やっぱり周助、あたしのチョコなんて期待してないと思うんだ…」

「何を今さら!だってあんなに頑張って作ってたじゃない!それをバレンタイン当日になって急にどうしたの!?」

「……周助、あたし以外に好きな人がいるんだよ」

「はっ!?それってどういう……」




--- キーンコーン カーンコーン…




「授業始めるぞー」



タイミングよく担任が入ってきたから亜夜との会話が途切れた。
あたしは黙って席に着く。
亜夜は『後で話聞くから』と小声で呟いて自分の席に着いた。


(周助は…もうあたしのこと好きじゃないのかも…)


そう思い、机の脇にかけてあるガトーショコラの入ったラッピングバッグを見つめると、なんだか切ない気持ちになった。


(もう…どうでもいいや。早く今日が終われ…)


心の中でそう呟いて、あたしは机に突っ伏した。





◇ ◇ ◇





「…つまり、不二くんがなまえの知らない綺麗な女の人と歩いてるのを偶然目撃したってわけだ?」


亜夜はあたしに問いかける。


「でもそれってまだ浮気って確定したわけじゃないし、もしかしたら知り合いっていう可能性もあるんじゃない?」

「ただの知り合いならあんな仲良さそうに歩かないよ」

「……私はその現場に居合わせたわけじゃないからよくわからないけど…」

「周助…あたしに愛想尽かしたんだよ。だからあの時もあたしのチョコいらないって言ったんだ…。もうダメ、何もかも手遅れ」

「勝手に結論付けるのはよくないと思うけどな…」


親友の言葉を背に、あたしはチョコの入ったラッピングバッグを持ち席を立つ。


「ちょっ!どこ行くの、なまえ?」

「屋上。お昼食べる気しないもん」

「チョコは…」

「……捨ててくるかも」


笑いながら亜夜にそう言うと、ゆっくりとあたしは屋上へと歩いていった。













--- キィィィー… バタンッ



屋上の扉を開けるとピューッと二月の風が吹き付けた。
それでもお昼休みのこの時間は午後の日差しで日向はまだ暖かかった。


(ガトーショコラ…上手く出来たんだけど…すべて無駄な努力だったのかな…。)


綺麗にラッピングしたガトーショコラ。
昨年の自分では考えられないくらいの力作なのに。
食べてもらえる人がいないとただのチョコでしかない。


「周助のバーカ」


あたしは小さくチョコに向かって呟いた。
うん、ちょっとすっきり。

さて、このチョコをどうしようかと考えていた時――――。





「それ捨てんの?」



聞き慣れた生意気一年の声がした。



「え、越前くん?」


ニヤッと人の悪い笑みを浮かべた越前くんはあたしの元へとツカツカ歩み寄り、チョコを指差す。


「アンタ、不二先輩の彼女でしょ。それ、渡さなくていいの?」

「越前くんには関係ないでしょ!」

「カンケー大有り。それ渡さなかったせいで不二先輩機嫌悪くなったら俺たち太刀打ちできないから」

「……周助は、あたしのチョコ欲しいって思ってないから大丈夫だよ…」

「ふぅん」



越前くんはあたしの話に耳を傾ける。


「それより!越前くんはこんなとこに居てていいの?みんなチョコ渡したいんじゃないの?」

「そのチョコから逃げてんの。あんなたくさん貰ってもうちじゃ食べ切れないし」

「あ、そっか…」


周助は今頃みんなからチョコ貰ってるんだろうな…
毎年一個も捨てることなく時間かけてゆっくりと食べる周助。
みんなの想いを捨てるようなことはしない。
優しい人だから。

でもみんなと同じじゃ嫌だった。
あたしからのチョコは特別だって思ってほしかった。

今さらこんなこと思っても遅いけど。
周助の特別はあたしだけがよかった…



「なに泣いてんの?」

「年取ると涙脆くなってね…」

「はぁ…まるで俺が泣かせたみたいじゃん」

「ごめ…」


あたしが一人泣いてると、越前くんはふぅ、と一息ついてあたしの目を見て言った。


「ホントはそのチョコどうしたいの」

「………周助に…受け取ってほしい…」


ホントはあたしのだけ、受け取ってほしい。
他の子のチョコなんて貰ってほしくない。

我儘な願い。
わかってるよ。自分でも十分わかってる。



「…やっと言った。――――――だってよ、不二センパイ。聞いてる?」

「え…」




後ろを振り向くと。
ちょっと困った顔の、周助がいた。



「なまえ」

「しゅ、すけ…」

「星川さんになまえはここにいるって聞いて…走ってきた」


近寄ってくる周助。
あたしは、周助の顔を直視することができない。


「なまえ…僕、なまえの頑張って作ってくれたチョコ欲しいな」

「………」

「それとも、僕のために作ってくれたモノじゃないのかな…」


悲しそうに言う周助。
あたしはフルフルと頭を振る。


「周助の…ために作った」


呟くようにして言った言葉を聞いて周助は「ありがとう」と笑ってあたしを抱き締めた。


「星川さんによるとなんだかいろいろと誤解があるみたいだから、なまえ、放課後はちゃんと空けておいてね。…それから越前、ありがとう。今回は君にも御礼を言わなくちゃね」

「うっす」


あたしは何がなんだかわからない頭で、周助に抱き締められたままだった。

でも周助はにこにこと笑っていたから。
これから起こることはとてもいいことに違いないとぼんやりとあたしも確信していた。
















(act.5 わからない、あたし。)