戸惑う、あたし。





あたしの闘いは始まった。
慣れない調理具を手に持ち、レシピを見ながら慎重に作る。
まずは試作品から。
でも手は抜けない。
いつも本番と同様に緊迫感をもって挑まなければ技術は向上しないといつか周助が言っていたから。

あたしが作ろうとしているのはガトーショコラ。
ちょっと在り来たりかもしれないけど、個人的に普通のチョコより難易度高いと思うし、あたしの器量を考えてこのくらいが限度。
甘過ぎず、苦過ぎずがモットー。
絶対周助に「美味しい」って言わせてやるんだから!

学校が終わってからすぐに台所へ向かい、何度も何度も作り直す。
材料費だけでどれくらいかかってるの?と思われるくらいあたしは毎日チョコと格闘していた。
それでもなかなか満足のいくガトーショコラは出来なくて。
あたしは何度も自分というものに失望した。


(でも頑張る!周助に喜んでもらうためだもん!)


周助の笑顔が見たかった。
美味しいって言ってもらいたかった。
ただそれだけのためにあたしは来る日も来る日もガトーショコラを作り続けた。





◇ ◇ ◇





「なまえ、なんだかやつれてない?」

「ん…うん」

「もしかしてチョコまだ上手く作れてないの?」

「もー!五月蠅いなぁー!」

「なまえ…最近不二くんのことほったらかしにしてない?」

「…そんなことないもん」

「そんなことあるわよー!いくら美味しいチョコを作っても、バレンタイン当日に彼氏といい関係じゃないと今までの努力も水の泡よ?」

「うー」


そういえば最近周助と話してないなぁ。
一緒に帰ってはいるけど、その後あたしはチョコ作りのために家に籠ってる訳だし。
周助もそれを知ってか知らずかあたしに何も言ってこない。


(てことはもしかして周助、あたしに期待してる!?)


あたしは勝手にそう思い、なんだか嬉しくなった。
よし!もっと頑張ろう!、そういう気になったのだ。

あたしはバッと起き上がり亜夜に言う。


「あたし、周助を探してくる!」

「ん、行ってらっしゃーい」


手を振る亜夜。
あたしは周助に会うために周助のクラスへと足を運んだ。





◇ ◇ ◇








「ありがとう」


廊下で周助の声がしてあたしは立ち止まった。
教室の前で女生徒と周助が何やら親しげに話していた。


(ただならぬ雰囲気!)


あたしはそっと影から一部始終を窺った。
まるで浮気現場を目撃した人みたい。
別に周助のことだから浮気なんてしないと思うけど。
でも万が一ってこともあるよね。
あたしは耳を澄ませて聞いていた。


「不二くんにと思って作ったんだ」

「ありがとう」

「バレンタイン前に調理実習で作ったやつだけど頑張って作ったの。もし良かったら食べて?」

「美味しく頂くよ」


あぁ、なるほど。
調理実習で作ったのを渡しているのね。
あたしは一人納得した。
別にあたしはそういうの干渉しない方だから周助を怒ったりなんてしないけど。
あんまりいい気はしないよね。


(少しは断ったりしろよ!)


なんて心の中で突っ込みを入れたりした。
そして会話は続く。


「バレンタインもうすぐだけど、みょうじさんから貰うの?」

「たぶんくれるんじゃないかな。僕、一応彼氏だし」

「でも昨年は市販のチョコだったって聞いたけど」

「あぁ…」


(何よ、周助!その“あぁ…”は!まるで落胆してるみたいじゃん!)


「もし彼女のチョコで満足できなかったら私が満足させてあげる」

「クスッ それはどうも」

「じゃあね!不二くん」


そう言って女生徒は手を振って颯爽と歩いていった。


何よ。あたしを馬鹿にして。
周助を好きな女生徒って変に高飛車な人が多い!
言葉のナイフを突き刺された感じがした。

市販のチョコのどこがいけなかったっていうのよ!
そりゃああたしだってできれば手作りチョコをあげたかったけど。
昨年は仕方ないじゃない!

一人でブツブツ文句を言っていたら、あたしの前に影ができた。


「盗み聞きは良くないなぁ」

「あ、周助…」

「聞くならもっと堂々と聞けば?」

「気付いてたの?」

「勿論」


笑顔の周助。
でもさっきの女生徒にも変わらない笑顔を向けてた。
あたしは所詮みんなと同じなの?
なんだか悔しくなった。
ここはギュッと彼女のあたしを抱き締めるところでしょう!
なまえ以外のチョコはいらないよって言うところじゃないの?


「…周助、今年もチョコたくさん貰うんだ」

「え?あ、うん。貰わない訳にもいかないし」

「……よね」

「え、何?なまえ、聞こえない」


あたしは声のボリュームが上がる。


「周助はいいよね!何も考えなくてもたくさんのチョコが貰えるんだから!」

「なまえ?」

「好きでもない女の子からチョコ貰って何が嬉しいの!?少しはあたしのことも考えてよ!」

「なまえ…」


怒り任せに言う。
さっきの女生徒の言葉にイライラしてたのもあるけど、周助の態度にもイラついた。
こんなこと言いにここに来た訳じゃないのに。


「あたしのチョコなんてどうせ期待してないんでしょう!?だからそうやって他の人からチョコ貰うんだ!」

「なまえ、少し落ち着いて」

「落ち着いてられるか!」


あぁ、もう最悪。
あたしの悪い癖。
すぐにキレるところ。
周助もきっと呆れてるよね。
だけどあたしの口は止まることを知らない。


「たくさんチョコ貰うならいいよね!?あたしのチョコなんか貰わなくても!」

「なまえ?」

「だったら今年は周助にチョコあげないから!」





言ってしまった。
別にここまで言うつもりはなかったのに。
だけどちょっとスッキリした。
あたしの気持ち、全部吐き出せたから。
周助はきっと戸惑ってるよね?
ごめん、嘘だよ?って今から言えば平気だよね?
いつもの笑顔で許してくれるよね?

あたしは顔を恐る恐る上げて周助を見る。


「ごめ…今の――」

「別にいいよ」

「え?」


あたしは周助の言葉に驚く。
今…なんて言った――?


「なまえがくれないのなら僕、無理して貰おうなんて思わないから」















(act2.戸惑う、あたし。)