頑張る、あたし。







今年もこの季節がやってきた。
恋する女の子が一番輝ける日。
この日は男の子も女の子もなんだかそわそわしてしまう。


――意中の子から貰えるだろうか。

――意中の子に受け取ってもらえるだろうか。


そんな淡い心がくすぐったいドキドキの祭典、それがバレンタインデーだ。

あたし、みょうじなまえもこの祭典に心悩まされる女の子の一人だ。
でもそれは他の人とはちょっと違う観点からの悩みでありまして。
二月に入ってからあたしのため息は尽きることがない。


「いい加減、妥協したら?」


親友の声が頭の上から聞こえる。
あたしは教室の机の上でだれていた。


「チョコくらい誰でも作れる簡単なものだってー!」

「そりゃあ亜夜はいいよね!料理得意なんだからさ!あたしはね、周助の舌を満足させるとびっきり美味しいのが作りたいの!」

「何もそこまで自分でハードル上げなくてもいいんじゃない?」

「いいや!今年こそは周助を驚かせてやるんだから!」


あたしの決意は揺るがない。
そう、たかがチョコくらい…と人は思うかもしれないが、されどチョコなのだ。
あたしは料理が大の苦手。
お菓子なんて分量さえ間違わなければ美味しく作れるはずなのに、不器用なあたしの場合どれもこれも上手くいかない。
昨年はトリュフを作った――つもりだった。
だけど亜夜からは、「ドロチョコにしか見えない」という素晴らしい批評をもらった。
確かに形は良くないのは認める。
だけど味はチョコを溶かしてチョコにしただけなのだから市販のと変わらないはず!
と思い試食してみたが…
やはり不味かった。
極端に甘過ぎる。
思わず眉間にシワを寄せた。
とてもじゃないが周助にあげられるものではなかった。
結局その年は手作りチョコを諦めて、バレンタイン直前にギリギリになって買った市販のチョコを渡した。


「あれ?なまえの手作りじゃないの?」

「………」

「僕、なまえが頑張って作った手作りチョコが欲しかったな」


残念そうに笑った周助の顔が今でも忘れられない。
でも自分でもビックリする程不味い、失敗作のチョコを渡す勇気はなく。
「ごめん…」と言って周助の言葉から逃れた。
その時誓ったのだ。
“来年こそは周助に美味しい手作りチョコを渡すんだ”って。
そして今年に至る――。


「なまえが今年も失敗しないように私が手伝ってあげようか?」

「いい。それじゃあ一人で作ったことにならないから」


変なところで頑固だから。
見栄張っちゃって。
だけど不安で仕方なかった。

何せあたしの彼氏は人一倍多くチョコを貰うのだから。
その中には勿論、愛情込もった手作りチョコもある訳で。
周助は決して貰ったチョコを捨てるようなことはしない。
そんなことするような人だったらあたしは今周助と付き合っていないだろう。
優しい人なのだ。

だからこそ思う。
挑戦状を叩き付けられてるみたいで。
自分は周助と不釣り合いだって言われているようで。
チョコだって満足に作れない奴が周助の隣にいるなって女の子たちの視線が訴えてくるのだ。

でも彼女たちの美味しいチョコと自分の作ったチョコが比べられるのは嫌だった。
周助はそんなことしない。
わかってはいるけど、あまりに多くのチョコを食べるが故に、無意識的に味を比べてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
それならとびっきり美味しいチョコを作りたい。


「まぁ なまえがそこまで言うのなら私も止めないけど」

「うん」

「一人で美味しいチョコ作れる自信あるの?」

「ある…と思う」

「本当にー?」

「むー!亜夜は黙って見ててよ!あたし、今年は本気なの!」

「わかった。じゃあ私は何もしないからね」

「ありがと」


にこっと笑い合うあたしたち。

そうよ、今年はあたし負けないもん!
周助にとびっきりのチョコを渡すんだから!
他の女の子にだって絶対負けない!

あたしはなけなしの気合いを入れた。















(act1.頑張る、あたし。)