ちらりずむさま提出




「お嬢さま、」

ノックもせずに部屋に入って来たのは執事のサンジ。
わたしの専属執事で、幼少期から世話になっている。



「起きてるわよ」

「恐縮です。しかし珍しいですね」

「本当失礼だわ。わたしだって早起きの一つや二つ朝飯前よ」

フンッと怒った振りをして、ちらりと彼の顔色を伺った。


「フフッ…では、アーリーモーニングティーにしましょう」

サンジは小さく笑うと、慣れた手つきでモーニングティーの準備をした。


「そういえば、今日はお父様とお母様が帰ってくるみたいね」

「ええ、旦那様も奥様も御夕食は一緒に食べられるそうですよ」

初めて見たとき、金色の髪なんて執事としてどうかしらと幼いながらに感じたことがあったが、今ではすっかりこの金色になれた。
寧ろ何処にいても見つけることができる金色に感謝してる。


「そう、でもまた直ぐに旅立つんでしょうね」

「そうですね、旦那様も奥様もはお忙しい方ですから」

燕尾服を纏った彼は、細く見える。しかしわたしを軽々と持ち上げたり、重い荷物も平然と運ぶのだ。意外と力はあって、しかも顔はとても整っている。
優しくてかっこよくて頼りがいがあって、非の打ち所がない執事に、気づくとわたしは淡い恋心を抱いていた。

執事とお嬢さまに恋はご法度。
1番近く遠い存在なのだ。


サンジはわたしに乳白色の液体の入ったティーカップを差し出した。

「いい香りね」

「目覚めには調度いいかと」

一口飲むと、それがミルクティーだと直ぐにわかった。
甘すぎず、調度いい。



「ああ、それと。先程の話ですが」

「何?他に何か連絡が?」

カップを一先ずソーサーに乗せ、顔を上げた。
するとサンジは胸に手を当て、軽く頭を下げてきた。

「久々にご家族が揃われますので、普段は言えない我が儘など…」

「ないわよ。わたし、今の生活で十分だもの。欲しいものなんてない」

「失礼を承知で申し上げますが、お嬢さまはもう少し我が儘をおっしゃってもよろしいのではないかと」

サンジの気遣いに、わたしは思わず笑みがこぼれる。


「貴方こそ、我が儘言っていいのよ?休みをもっと増やせとか…」

サンジは少し驚いた顔をして、すぐにいつもの優しい笑みに戻った。


「お嬢さまのお側で働けることが、私の幸せですから」

そんなこと、執事として言ってるってわかってる。今のはあくまで社交辞令で、わたしに好意があるから言った言葉ではないとわかっているつもり。
だけどこの胸の高鳴りは抑えられそうにないの。


だってわたしは、今わたしの目の前で優しく微笑むこの執事が好きなんだから。


「…?どうかされましたか?」

ジッと見つめていたわたしを不思議そうに見つめかえしてきた。そんな小さなことでさえ、わたしにはぐらりときてしまう。

そしてわたしは思わず口にしてしまいそうになった言葉を必死に飲み込んだ。


「……何でもないわ。さあ、目も覚めてきたし、そろそろ着替えようかしら」

「はい、ではお困りのことがありましたら、おっしゃってくださいね」


会釈をして立ち去る彼の背中を、わたし静かに見つめていた。





欲しいのは貴方です
(わたしは貴方のお嬢様であって、それ以上にも以下にもならないのね)






2012.05.20.14:45


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