(やかんさま16100番キリリク)




魚人というだけで、人々は皆彼らを蔑み罵声を浴びせる。人間と少し違うだけ。ただそれだけなのに、彼らのなにがいけないのか。一体彼らが人間に何をしたというのか。



「ジンベエさん、おはようございます」

わたしがにっこりと微笑む先に彼はいた。彼はなにやらピリピリした雰囲気だった。しかしわたしを見つけると、優しく微笑む。でもまだどこか神経をとがらせていた。


「なんだお前さんか、おはよう」

「わたしじゃ不満でしたか?」

そう言うと彼は小さく笑った。わたしの一言で、彼の雰囲気が一気に和らいだ。

「いや、むしろ逆じゃ」

お前さんでよかったと呟いた彼に、わたしの胸は脈打つ。冗談でも嬉しい。



「…手鞠さんは、地上には戻らんのか?」

「…ここにいちゃ、だめなんですか?」

わたしはシャボンディ諸島から、仕事のためにこの魚人島にやってきた。今は人魚のマーメイドカフェの厨房でバイトをして生活している。この魚人島という場所が、好きになった。

「お前さん、この前もチンピラに絡まれておっただろう」

「でもジンベエさんが助けてくれました」

「ワシがおらんかったらどうしたんじゃ」

ジンベエさんはムッと顔をしかめてわたしに顔を近づけてきた。相当怒っているのだとわかる。

確かにわたしは、最近よく魚人の方に絡まれる。その度にジンベエさんが助けてくださるのだけれど、ジンベエさんがいなかったらわたしはいつ殺されてもおかしくないのかもしれない。
それを踏まえた上で、わたしはこの魚人島がすき。だって魚人が人間を恨むのは、人間が昔魚人に酷いことをしたから。ちゃんと手と手を取り合える日が来るはず。ううん、わたしがその架け橋になりたい。


「わたし、ジンベエさんから離れません。ずっとずっと、これからお側にいます。そしたら、いつもジンベエさんが守ってくださるでしょ?」

自分でも、何を言ってしまったのだと後になって恥ずかしくなる。頬が熱い。耳まで熱くなってきた。
わたしは恐る恐るジンベエさんの顔を覗き込むと、ジンベエさんは少し驚いた顔をしていた。


「あの、やっぱり迷惑ですよね…」

「それはどういう意味じゃ」

ジンベエさんの頬が微かにピンク色になっているのは、わたしの気のせいだろうか。ジンベエさんはものすごく真剣にわたしを見つめてきた。


「わたし、ジンベエさんがすきです。だからこの島にいたいんです。」

「っ、ワシは魚人じゃ。人間とは違う」

「関係ありません。同じ生き物です」


わたしが真っ直ぐ見つめて、強く言い張ると、ジンベエさんは嬉しそうに静かに笑った。


「手鞠さんには敵わん」


そう言って笑った彼は、とても幸せそうに、わたしの手をそっと握った。初めて繋いだ手と手が、これからの輝かしい未来への第一歩となったのだった。







手と手を取って






2013.10.29.11:40


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