(1800番理紗さま)


私の恋人はトラファルガーロー。彼は少し、人より束縛が強いため、彼の部屋から出してくれない。どうやら私が他のクルーと話しているのが許せないらしい。
そうやって言われて、嬉しく感じてしまう私も、どうやら彼に依存しているみたい。
彼に愛されてるのはわかっていたし、私も愛していた。だから別に束縛されたり、軟禁状態のこの現実も、大して苦に感じていなかった。

「拾ってきた」

しかし彼は突然そう言って、とある島である女性を連れて来た。後に聞いた話によると、彼女は元奴隷で、ローの気まぐれで買ってきたらしい。
それからだった。ゆっくりと私たちの間に、少しずつ亀裂が入っていったのだ。

最初は彼女を物として扱い、乱雑に抱いていたロー。昼夜構わず、ローがムシャクシャするとき、欲求がたまったとき、彼女にぶちまけていた。
そんな日々が続くうちに、何故か段々ローは彼女の側にいるようになった。そして私が部屋を出ても、怒らなくなり、私がクルーと話しても、大して彼が気にすることはなくなった。
あまり人と関わることが苦手で、部屋に閉じこもり気味だったローが、半日以上船長室を開ける日々が、次第に当たり前になっていった。以前までは「狭いね」なんて言いながら二人で眠っていたベッドも、最近は酷く大きく感じる。彼の匂いはあるのに、彼の温もりがない。冷たいシーツが孤独さを一層感じさせた。

そんなある日のことだった。結局ローが昨日丸一日、部屋に戻ることのなかった彼の部屋を出て、私は食堂へと足を運んだ。
先日「最近痩せたな」とあまり顔を合わせたこともなかったペンギンに言われ、驚愕した。ほぼ毎日顔を合わせていたローに気づかれないのに…
私は小さくため息をついて、何か食べ物を探しに向かった。みんなに気を遣わせるのだけは嫌だったから。

しかし食堂へ向かう途中、扉が少し開いている部屋があった。
世話焼きの性格の私は、そういうのを見るとほおっておけなくなる。まだ寒い時期だし、風邪をひいてしまってはよくない。そう思って、扉を閉めようとした………

「っ…………!!」

その時ちらりと見えた部屋の中。ローとあの女性が、幸せそうに眠っていた。肌を擦り寄せ、とても幸せな顔をしていた。
その瞬間、ああもうダメなんだって思った。怒りと悲しみで頭がパンクしそうになり、気づけば私は走り出していた。
もう此処に私の居場所はない。私は必要ないんだと思うと、涙が止まらなかった。

そして運がいいのか悪いのか、島に停泊していたこの船。私は迷うことなく船を降りた。
何度も船を降りようか悩んだが、結局今まで思い留まっていた。
ローは本当は私が好きなんだ、ちゃんと私を愛してくれているんだ。そう言い聞かせるのにも、もう限界だった。あの顔、私にしか見せなかったあの優しい表情。それを奪われた私に、もう何も残っていなかった。

ただひたすら泣いて、孤独という寂しさを掻き消すように私は空を見上げて泣き叫んだ。
もしかしたら、私の泣き声に気づいて探しに来てくれるんじゃないか。やっぱりお前だけなんだと甘い言葉と共に抱きしめてくれるんじゃかいか。そう淡い期待を密かに抱いていた。
しかしローが、私が居なくなったと探しに来るはずもなく、船はそのまま出航してしまったのだった―――




俺らが手鞠が船にいないことに気づいたのは、その島を一つ二つ過ぎたときだった。しかも、俺が気づいた訳じゃない。
俺より先に他のクルーが気づいたのが、無性に腹が立った。
ありとあらゆる手を使って、手鞠を探した。しかしアイツの行方はわからなかった。

何でこうなっちまったんだ。確かに、確かに俺は手鞠以外の女に心が傾きかけた。だが、やっぱりアイツが大切なのには変わりない。どうして俺は、気づかなかった…どうして俺は、アイツから目を離しちまったんだ。
後悔しても遅い。だが後悔することくらいしか、俺にはできなかった。


そして一年後、ある島で俺は手鞠と再会した。あの頃と変わらない容姿、仕種、全てが懐かしく感じた。



一年ぶりに会ったローの隣には、まだあの女性がいた。ローの後ろを歩く彼女を見て、ああやっぱりあの時の選択は間違っていなかったのだと悟った。

「っ…手鞠!お前、探したんだぞ!」

ローの瞳は揺れていた。やっと会えた。どうして勝手に居なくなったんだ。彼の考えていることは、自然と伝わってきた。
しかしため息しかでなかった。
だって今でも貴方の隣には、彼女がいるのに、馬鹿な話じゃない。

「久しぶりだね、元気だった?」

私がすました顔で尋ねると、ローは少し驚きながらも、こう言った。

「……戻って来いよ。別に勝手に降りたこと、誰も怒ってねェから」

本当に貴方は何もわかっていない。あの頃も今も。誰も怒ってないから戻って来い?

「ふざけないで。私、貴方の船に戻る気はないから」

欲しかった言葉はそんなんじゃない。求めていたのはそれじゃない。
私に一言謝罪をして、戻ってきてほしいとお願いしてくれたら、状況は変わっていたかもしれない。
だけど、やっぱり貴方は何も変わっていない。


「戻って来いよ…なあ、戻って来てくれ……」

ローは私の胸倉を掴み、必死に懇願してきた。
そんな彼を見て、何も感じない自分に、もう私の中に彼はいないのだとハッキリわかった。



手鞠の容姿は、あの頃と何も変わらないのに、ひどく大人びて感じた。
冷静に物事を言い、いつも俺だけに向けていた笑顔は一切見せない。
そうさせてしまったのは俺なのだと、現実を突き付けられ、目を落とした瞬間、俺の目にあるものがうつった。


「っ、このマーク…!」

胸倉を掴み、少しはだけた胸元からちらりとある刺青が目に入ってきた。
俺はそれを確認するように胸元をこじ開けると、それは信じがたい現実だった。

「やっ………」

慌てて隠すように胸元を押さえた手鞠だったが、俺は見てしまった。
白髭と不死鳥マルコの刺青。それがどんな意味を持っているのかは、言わずとわかってしまった。
手鞠は目を逸らしながら、刺青の意味を冷静に話し始めた。

何も持たず飛び出した彼女を、救ったのがマルコで、そのまま白髭の船に乗り、誠実で優しいマルコに惹かれ、恋人になったのだと。


「………手鞠、」

「手鞠に触るんじゃないよい」

彼女の名を呼んだ瞬間、俺の視界に青いものがうつり、刹那に鈍器で頭を殴られたような衝撃をうけた。後ろで女が俺の名を呼ぶ声がしたが、それが鬱陶しく感じた。欲しい声は、コイツじゃない。目の前にいた女なのに――



私を庇うように、突然マルコは現れ、ローにかかとおとしを食らわせた。
覇気を纏っていたせいか、その一発で呆気なく気を失ったローを見て、泣き叫ぶ女性を横目に、私はマルコに駆け寄った。

「大丈夫だったかい?怪我はないかよい」

「うん、平気だよ」

ありがとうとお礼を言って、マルコの腕に抱き着いた。
ちらりとあの女が私を見てきて、私はニッコリと彼女に笑顔を向けた。
もう彼に未練なんてないの。

「ねえマルコ、私お腹空いちゃった。何か食べに行きましょう?」

「ああ、そうだねい。そういえばサッチが向こうに美味い店があるって言ってたよい」

私は笑顔でマルコに指を絡めると、二人の横を何もなかったように通り過ぎて言った。
ローの横を通り過ぎるとき、小さくばいばいと呟いてみた。だってもう、貴方と会うことは二度とないと思うから。



気づけば俺は、ベッドの上だった。かすかに残っているアイツの香りが、俺の涙腺を崩壊寸前にさせる。
フッと視線を感じ、目をうつすと、ペンギンとシャチとベポが心配そうに俺を見つめていた。どうやら俺はあのまま不死鳥のマルコにやられたらしく、シャチとペンギンで此処まで運んで来てくれたみたいだ。

「キャプテン…、」

ベポが言いたいことはわかっていた。もうアイツがこの船に乗ることは絶対にない。
いつも手鞠を独り占めしていた。笑った顔も、怒った顔も、照れた顔も、泣きそうな顔も、アイツの仕種や癖、全て俺だけのものだった。
全て俺が悪い。俺が壊してしまったんだ。今さら言ったところで、言い訳にしか聞こえないだろうが―――




それでも俺は、お前を愛してる。






消えぬ残り火
(アイツを忘れるなんて、できるわけがないんだ)






2012.04.13.17:14


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