空が大泣きした日
わたしたちが初めて出会ったのは大雨の日だった。バケツをひっくり返したような土砂降りの雨。
傘を持っていたのだけれど…小さな子猫が雨に濡れて鳴いて――いや、泣いていた。
子猫たちは寒そうに体を震わせ、必死に道路の端で声を出していた。
拾ってやりたいが、生憎わたしはこれから寮生活になる。動物を飼うのは禁止な為、連れて帰ることができない。しかもきっとこの子たちは親猫とはぐれてしまったのだ。ここでわたしが連れていけば、もう親とは会えなくなってしまう。
どうしようとわたしはしゃがみ込み、子猫たちを優しく撫でた。子猫たちは体をわたしの手に擦り付け、暖をとっていた。
そんな行動に、余計ほって置けなくなる。
仕舞いに雷さえ鳴りはじめて、わたしは雨に濡れて帰る決心をした。
かばんからタオルを取り出し、子猫の濡れた体を軽く拭き、それからそのタオルで包んであげた。
「これくらいしかできなくてごめんね」
そう言ってまた子猫を道路に戻し、雨に濡れないようにわたしの傘をかぶせてあげた。
やっぱり雨は冷たくて痛い。そんな小さな体でこんな雨に当たっていたら、死んでしまう。
だからこれでよかった、そう思ってわたしは立ち上がり、空を見上げた。
真っ暗の厚い雲から大量の雨がこぼれ落ちてくる。わたしの体は一瞬にしてベタベタになってしまった。
急いで帰ろうと足を進めようとしたとき、不意に声をかけられた。
「おいお前」
後ろから腕を引っ張られた。ゆっくり振り向けば、知らない男の人がわたしを見つめていた。
「そんな薄着で、ホントにこのまま雨に濡れる気かよ」
シルバーの髪が丁寧にセットされたとてもかっこいい男の人。透き通るほど綺麗な瞳でわたしを睨んでいた。
彼はそっと傘をわたしに傾ける。
「仕方ないです、この子たちをほって置けないですから」
「…風邪ひきてぇのか」
彼はとても優しかった。初めて会ったのに、こんなに心配をしてくれるだなんて…きっと心が温かい人なんだろう。
さりげなくだけど、また力を強めて腕を引っ張り、傘の中に入れようとしてくれる。
「…大丈夫です、馬鹿は風邪ひかないって言うじゃないですか?それに、このままじゃ貴方が風邪ひいちゃいます」
そう言ってわたしは彼の傘を彼の元へ押す。
「自分を馬鹿だなんて言う奴初めてだ」
「ふふっ、わたしもこんなに優しい人に出会ったの初めてです」
わたしは「ありがとう」と笑って、逃げるように土砂降りの雨に濡れながら走って帰った。
途中で彼がわたしを止める声がしたけど、一度も振り返ることはしなかった。
もう二度と会うことはないとわかっているけど、名前も知らない彼に、わたしは恋をした。
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