とにかく一人になりたかった。一人でゆっくり考えたかった。トレーニングルームにはきっとゾロがいるだろうし、甲板などはきっと誰かに会ってしまう。あたしはみかん畑の影に向かった。あたしのいつもの隠れ場だった。一人になりたいときはいつもここに来ていた。こんなところに来るのは、畑の手入れをしにくるナミか、かくれんぼをしてるルフィたちくらい。しかも毎日来るわけじゃないし、ここには滅多に人が来ない。だからこそ、あたしはここにきた。


「……ふぅー」

大きくため息をして寝転がった。ふかふかの土が心地いい。太陽の日差しがぽかぽかと木と木の間から差し込む。ほのかに漂うみかんの香りが鼻をくすぐる。


「ユリの方が人間らしい?今の私は操られてる?…ばかばかしい」


何を考えてるんだ。私はくいなよ。死んだのはユリ。あの子は死んだの。
必要なのはくいな。あの子が必要とされてる訳がないのよ。だってあの子は全く価値がない人間だったんだもの。

みんなはきっと急に私がくいなだって言うから少し驚いてるのよ。確かにそうね。急に私はくいなだなんて言ったって、「誰?」ってなってしまう。
始めは仕方ない。みんなそのうち理解してくれる。全て時間が解決してくれる。大丈夫、私はくいななんだから。



「……ズズッ。…ば、か……な、んで…泣いてんのよ…」

涙が止まらなかった。どうして涙が溢れて来るのかはわからなかったけど、必死にこらえようとしたのに、涙は溢れて止まることはなかった。私は声を押し殺し、体を小さく丸めて涙が止まるのをただただ待ったのだった。





**






「おい、大丈夫か?」

不意に投げられた言葉に、私は飛び起きてその声の主を見た。誰かなんて本当はわかってた。ただ本当にびっくりした。まさかここにあの人が来るなんて思っていなかったのだから。
涙を拭って振り返ると、ゾロが少し複雑そうな顔でこちらを見つめていた。


「お前、泣いてんのか?」

「な、泣いてるわけないでしょ」

私は赤くなった目を隠すように、ゾロに背を向けてそっぽを向いた。その瞬間、本当に私が後ろを向けた瞬間だった。ゾロは後ろから私を包み込むようなかたちで、そっと優しく抱きしめた。ほんとにゾロとは思えなかった。まるで触れてはいけないものにそっと手を延ばしたように、ふんわり優しく私を包んだ。


「ちょ、なにして…!」

「クソコックと付き合ってんのか?」

「へ?」

何か誤解している。一体どうしたっていうんだろうか。なんでサンジと付き合っていることになっているんだ。

「くっそ…アイツの匂いがする。」

そういうとゾロはぎゅっと力を強めた。でも、全然苦しくない。本当に優しい抱擁だった。



「や、やめてよ。抱きしめるなんて気持ち悪い。」

そう言って突き放そうとすると、ゾロは悲しそうな顔をして、私を見つめた。



「クソコックに抱きしめられんのはいいのに、俺はダメなのかよ……」


「っ!」


見られてた。サンジに抱きしめられてたのをゾロは見ていたんだ。違う、ゾロがいやなんじゃない。これ以上ゾロが近くにいると、私が私でいられないから。それにサンジに抱きしめられたのだって…





「あれは、サンジが急に…!」

「は?アイツ…っざけんな!!」

ゾロは突然声を荒げると、立ち上がり勢いよく何処かへ行こうとした。私は慌ててそれを止める。ゾロの腕を掴むと、必死に弁解する。


「ち、ちがう!」

「アイツが無理矢理やってきたんだろ?許さねェ」

「そうじゃないって!」

必死に弁解しようとするが、ゾロは聞く耳を持たない。サンジが悪いのだと一方的に決めつけてしまう。

「じゃあ何でだよ!アイツのことなんて庇わなくていいんだぞ!」

「わ、私からお願いしたのよ。サンジがすきだから」

とっさに出た言い訳がこれだった。好きだなんて一度も思ったことなかった。それなのに私の口は、そんな風に口走っていた。


「は…?……そ、うだったのかよ…」

ゾロは酷く傷ついた顔をして、私から離れた。

「っ………」

言葉が出てこなかった。なんでサンジのことを好きだなんて言ってしまったのか。どうしてこんなに大好きなゾロを傷つけてしまったのか。頭の中は真っ白だった。


「悪かったな………」

ゾロはそういって、ゆっくりと立ち上がると、物悲しそうな背中を向けて何処かへ行ってしまった。

私から、全てが消えた瞬間だった。何もない。もう、何も無くなってしまった。嘘で塗り固めた今の私には、なにもなにも無くなってしまった。






(大切なものが、消えていく)






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