とにかく一人になりたかった。一人でゆっくり考えたかった。トレーニングルームにはきっとゾロがいるだろうし、甲板などはきっと誰かに会ってしまう。あたしはみかん畑の影に向かった。あたしのいつもの隠れ場だった。一人になりたいときはいつもここに来ていた。こんなところに来るのは、畑の手入れをしにくるナミか、かくれんぼをしてるルフィたちくらい。しかも毎日来るわけじゃないし、ここには滅多に人が来ない。だからこそ、あたしはここにきた。
「……ふぅー」
大きくため息をして寝転がった。ふかふかの土が心地いい。太陽の日差しがぽかぽかと木と木の間から差し込む。ほのかに漂うみかんの香りが鼻をくすぐる。
「ユリの方が人間らしい?今の私は操られてる?…ばかばかしい」
何を考えてるんだ。私はくいなよ。死んだのはユリ。あの子は死んだの。 必要なのはくいな。あの子が必要とされてる訳がないのよ。だってあの子は全く価値がない人間だったんだもの。
みんなはきっと急に私がくいなだって言うから少し驚いてるのよ。確かにそうね。急に私はくいなだなんて言ったって、「誰?」ってなってしまう。 始めは仕方ない。みんなそのうち理解してくれる。全て時間が解決してくれる。大丈夫、私はくいななんだから。
「……ズズッ。…ば、か……な、んで…泣いてんのよ…」
涙が止まらなかった。どうして涙が溢れて来るのかはわからなかったけど、必死にこらえようとしたのに、涙は溢れて止まることはなかった。私は声を押し殺し、体を小さく丸めて涙が止まるのをただただ待ったのだった。
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「おい、大丈夫か?」
不意に投げられた言葉に、私は飛び起きてその声の主を見た。誰かなんて本当はわかってた。ただ本当にびっくりした。まさかここにあの人が来るなんて思っていなかったのだから。 涙を拭って振り返ると、ゾロが少し複雑そうな顔でこちらを見つめていた。
「お前、泣いてんのか?」
「な、泣いてるわけないでしょ」
私は赤くなった目を隠すように、ゾロに背を向けてそっぽを向いた。その瞬間、本当に私が後ろを向けた瞬間だった。ゾロは後ろから私を包み込むようなかたちで、そっと優しく抱きしめた。ほんとにゾロとは思えなかった。まるで触れてはいけないものにそっと手を延ばしたように、ふんわり優しく私を包んだ。
「ちょ、なにして…!」
「クソコックと付き合ってんのか?」
「へ?」
何か誤解している。一体どうしたっていうんだろうか。なんでサンジと付き合っていることになっているんだ。
「くっそ…アイツの匂いがする。」
そういうとゾロはぎゅっと力を強めた。でも、全然苦しくない。本当に優しい抱擁だった。
「や、やめてよ。抱きしめるなんて気持ち悪い。」
そう言って突き放そうとすると、ゾロは悲しそうな顔をして、私を見つめた。
「クソコックに抱きしめられんのはいいのに、俺はダメなのかよ……」
「っ!」
見られてた。サンジに抱きしめられてたのをゾロは見ていたんだ。違う、ゾロがいやなんじゃない。これ以上ゾロが近くにいると、私が私でいられないから。それにサンジに抱きしめられたのだって…
「あれは、サンジが急に…!」
「は?アイツ…っざけんな!!」
ゾロは突然声を荒げると、立ち上がり勢いよく何処かへ行こうとした。私は慌ててそれを止める。ゾロの腕を掴むと、必死に弁解する。
「ち、ちがう!」
「アイツが無理矢理やってきたんだろ?許さねェ」
「そうじゃないって!」
必死に弁解しようとするが、ゾロは聞く耳を持たない。サンジが悪いのだと一方的に決めつけてしまう。
「じゃあ何でだよ!アイツのことなんて庇わなくていいんだぞ!」
「わ、私からお願いしたのよ。サンジがすきだから」
とっさに出た言い訳がこれだった。好きだなんて一度も思ったことなかった。それなのに私の口は、そんな風に口走っていた。
「は…?……そ、うだったのかよ…」
ゾロは酷く傷ついた顔をして、私から離れた。
「っ………」
言葉が出てこなかった。なんでサンジのことを好きだなんて言ってしまったのか。どうしてこんなに大好きなゾロを傷つけてしまったのか。頭の中は真っ白だった。
「悪かったな………」
ゾロはそういって、ゆっくりと立ち上がると、物悲しそうな背中を向けて何処かへ行ってしまった。
私から、全てが消えた瞬間だった。何もない。もう、何も無くなってしまった。嘘で塗り固めた今の私には、なにもなにも無くなってしまった。
(大切なものが、消えていく)
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