ゾロにくいなと呼ばれたその瞬間、あたしが消えた。もうユリという存在は一瞬にして消えてしまった。
そう、私はくいな。ユリの姉のくいななのだ。
「やめてよ、気持ち悪い。最近ゾロ、素振りやってないでしょ?剣の振りに無駄が多すぎる。そんなんじゃ世界一とか、夢で終わっちゃうよ?」
私はゾロの手を振り払うと、呆れたように見下して言い放った。
「…あ、ああ。」
少し照れ臭そうに、ゾロははにかんで笑った。初めて見る表情だった。楽しそうに笑ったことはあったけど、こんな風に笑った顔は初めてだった。
ちくり
胸に何かが刺さったような、そんな感じがした。
「ばーか、もう俺はお前より強ェんだよ!絶対ェ世界一の大剣豪になってやるからな!」
ゾロが嬉しそうに、でも少し強がりながら、あたしにーーいや、私に拳を向けてきた。
「呆れた。私より強い人なんてたくさんいるわよ。それに、今までの私はユリとして戦ってたのよ?私が本気出してゾロが勝てると思う?私に何回負けたのよ」
「う、うるせェ!あれはまだ俺がガキだったから…」
「言い訳する暇があるなら、稽古しなさい」
そう言って私がゾロの拳に自分の拳をぶつけると、ゾロは嬉しそうに笑った。
「相変わらずなんだな、その生意気な口は」
「ユリの口調は優しくて可愛いから、真似するの疲れちゃった」
ゾロは完全に私をくいなだって思ってる。 あの日死んだのは……ううん、まるで最初から、ユリなんて子いなかったかのように。 ゾロの憧れは私、くいな。生きているのは、くいな。双子なんかじゃなかった。くいなという人間しか、元々存在していなかったの。
そう、あの子に存在価値なんてなかったのよ。
(価値0の人間)
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