それからというもの、今までベッタリだったゾロが急に私から離れて行った。あの日の翌日、「サンジが好きっていうのは冗談よ」なんて笑って誤魔化そうとしたけど、ゾロは私を避けて話しかけようとするとすぐに何処かへ行ってしまって弁解する余地を与えてくれなかった。

みんなはすぐにゾロと私の間で何かがあったことを察したが、全くそのことに触れることはなかった。相変わらずくいなとして生きる私に対して、もう何も言って来ることはなかった。

クルーのみんなとの溝が、日に日に深くなっていた。みんなが私を避けていたんじゃない。私がみんなを避けていた。怖かった。どうすればいいのかわからなかった。きっとみんなもそう。私という不確かな存在に戸惑い、接し方がわからなかったのだ。

あのルフィでさえ、私と接するときはすごく困った顔をしていた。そんな風にさせてしまったのも、みんなみんな、私のせい。あたしのせいだった。



「ふぅ〜……」

波風に当たりながら、目を閉じる。もし、あたしじゃなくてお姉ちゃんだったら、クルーのみんなとこんな風にぎこちない関係にならずにすんで、ゾロともいい戦友として共に腕を磨きあっていけたんだろう。
できる姉を殺し、できない妹が生き残った。きっと母さんや父さんもお姉ちゃんじゃなくてあたしが生き残ったことを悲しんでる。逆だったらよかったのに、そう思ってる。
近所の人が話しているのを聞いたことがある。


『くいなちゃんが生きてたらね…』


何度も何度も聞いた。耳を塞いでも塞いでも、あの言葉が離れない。



『可哀想よね、お姉ちゃんの方が死んじゃうだなんて』



あたしが死ねばよかった。顔も、声も、体も似てるのに、お姉ちゃんとあたしは全然違う。お姉ちゃんになろうとすればするほど、あたしの大切なものがどんどん消えていく。
どうしたらいいの?どうすればお姉ちゃんになれるの?どうすれば、お姉ちゃんの代わりになれますか?



「………よ、よおー!」


一人で考え込んでいたときに突然無理に繕った高い声で現れたのはウソップだった。
目が泳いでる。足も震えてる。まるで化け物に挑む一匹の蟻のようだ。


「ああああ、えっと、ほら…!あ、雨降りそうだなって思ってよ!」

こういうときのウソップは本当に勇敢。絶対誰も行きたくない場所に、先陣きって踏み込んでくれる。ウソップって、不器用なだけで本当は心優しい正直者。


「すごくいい天気。雨なんて降りそうにないけど?」

私はくるっと振り返り、ウソップに笑った。
ウソップは少し驚いた顔をして、それからいつもの調子で腰に手を当て大声で言った。


「ハーッハッハ!このキャプテンウソップ様の嘘を見破るとは、中々やるなあ!」

私がくすりと笑うと、ウソップは私の隣に来て、お得意の嘘をつき始めた。
小さい頃町が海賊に襲われて、ウソップがトラップを仕掛けて全員やっつけたとか、ある町に訪れた時お姫さまがいたんだけどそのお姫さまに好かれて毎日求婚されてたとか、冒険していたら馬鹿でかい怪獣に出会ったが、手なずけてペットにしたとか、そんな話を2時間くらい聞かされた。


夕方になり日も落ちてきた頃、楽しそうに自慢をするウソップの話を中断して、私は尋ねた。


「ねえ、キャプテンウソップ。もしもの話なんだけど、偉大なるキャプテンウソップが嘘をついてしまって、たくさんの人を困らせてしまってるとわかっているのに、どうしても嘘を突き通したいときってどうする?」

私がそう言うとウソップは空を見上げて目を閉じ、少し考えてから小さく呟いた。


「……俺はどんなにたくさんの奴を騙してもいいと思うぜ。ただ、絶対自分だけには嘘をついちゃいけねェ。ちゃんと自分と向き合って決めた答えなら、どんな嘘でもみんな信じるだろうさ」


ウソップは私と目が合うと、ニカッと白い歯を出して「なーんてな!」と大きく笑った。


自分に嘘をつかない。
ちゃんと自分と向き合って答えを決める。


ウソップの言葉は私の心に深く突き刺さった。
今まで自分という存在を一番否定してきたのは自分だったんじゃないだろうか。自分を偽ってきたのは自分だったんじゃないだろうか。

じゃあ向き合うってなに?自分ってなに?自分とは一体何なのだろうか。

それはわからない。わからないけど、ウソップのおかげで真っ暗の闇の中に、一筋の光が差し込んだ気がした。






(わたしたちは嘘をついてしまう不器用な人間)




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