(流血表記あり)




「土方さん……」

声が自然と震えた。目の前でどんどん傷つく彼を、私は見ていられなかった。周りは敵に囲まれ、私を庇いながら敵の攻撃をよけるのは、無理に近かった。鬼の副長と呼ばれた彼でも、さすがに一人では太刀打ちできなかった。


「クソッ……」

土方さんは顔をしかめ、胸からあの薬を取り出した。その薬を飲めばどうなるかを彼はわかっている。それをわかっていて彼はそれに手をのばした…


「だめ、それは……」

「じゃあ他に方法があんのかよ!」

今までとても大きく感じていた背中が、小さく感じた。彼一人で戦っていたなら、きっとこの薬に手をのばす必要もなかったのだろう。私がいたから…鬼の血を引く私がいたから、狙われ、襲われた。
彼を傷つけているのは、誰でもない私なのだ。






「い、いやぁぁぁぁぁああああああっ!!」

ザシュッという鈍い音と共に、土方さんの腕はは赤く染まった。刀を握っていた右手は、もう握力が入らないのか、刀は手から滑り落ち、だらしなく垂れ下がる。

「クソッ、力が……」

土方さんは何かを決心したように、左手で握りしめていた小瓶の中身を全て飲み干した。風間千景が"失敗作"と呼んだその薬は、私の父が長年研究していた羅刹と呼ばれる鬼の力を得られるものだった。しかしそれは風間千景が言ったように失敗作。その薬を飲めば、代償が大きい…


「ぐぁぁあああっ……!!」

土方さんの艶やかな黒髪が銀色に変わっていく。敵は彼の異変に焦ったのか、とどめを刺そうといっせいに刀を振り下ろした。しかし、鬼と化した彼には人数なんて関係なかった。動かないはずの右手は、気づけば傷一つなく、またその右腕で刀を振るっていた。

それからは、本当にあっという間だった。私を庇いながら、次々と敵を倒していった。苦戦していたのが、まるで嘘のようだった。だけど私の涙は、止まることがなかった。




「ハァ……ハァ………」

銀色の髪が、不規則に揺れる。敵を全員倒した彼は、肩でゆっくり息をして、呼吸を整えると、やっとこちらに振り返った。

赤く光る彼の瞳が、もう人間には戻れないということを、私に痛感させた。私が彼を、人間ではないものにしてしまった。



「ひ、じかた…さっ、んぅ……」

嗚咽が混じり、声にならない。私は何度も何度も、彼の名を呼んだ。

「緋奈、俺が怖ェか?」

私は首をぶんぶんと横に振った。涙で彼の顔がぼやける。彼は私の頬に優しく触れた。


「好きな女一人も守れねェなんてな…」

違う、彼は自分の身を犠牲にしてでも私を守ってくれた。土方さんは、何も悪くない。


「わた、しがっ…弱いから…」

言葉にした瞬間、土方さんは私をそっと包み込んだ。優しくてあたたかくて、少しだけ心が落ち着いた。

「お前を守れてよかった」

鬼になったこと、後悔してねェよ。彼は小さくそう呟いて、わたしに温かいキスをした。お互いの愛を確かめ合うように、私たちは深く長く口付けをしたのだった。








涙で濡れた唇







2013.10.05.11:10


prev | next



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -