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最近任務で行く先々の街で不愉快なほど甘い匂いがする。顔の筋肉にかかる負荷がいつもより大きい。特に眉間が。

俺を見た瞬間にどんなに混んでいる道も馬車が通れるくらいに開ける。そして人間という壁が無くなったおかげで甘ったるい空気が汚染されることなく鼻腔を刺激するものだからさらにイラつく。一体この悪循環はどうやったら抜け出せる?

「ちょっと神田、いい加減その鬼の形相を止めてくれません?一緒にいる僕らの身にもなってください」
「知るか」
「そのまま眉間に皺が残ってしまえばいい」
「上等だ」
「ウォーカー、無駄に騒がないように」
「分かってるよー」

腹いせに今回のAKUMA達も手荒く処理して帰還する道中のモヤシの言葉も、この匂いと比べたらささやかなものだ。いつも一番手こずる見えない敵は、団服に染み付いて洗うまで不快感を身に纏わせた。吐き気がする。
イライラと舌打ちをしながら方舟のゲートを守る教会へと急ぐ。モヤシと監査官は俺から適度な距離を開けたまま着いてきてはいるようだから無視だ。店の立ち並ぶ人気の多い道を侵食した大気と一刻も早くおさらばしてやる。おいそこのヤツ、店の戸を開けるんじゃねぇよ。

「あれ、もしかしてあのときのお兄ちゃんかい?」
「あ゛ぁ?」

丁度洋菓子屋らしい店構えの前を通ろうとしたとき、店内から聞こえた婆さんの声に思わず反応してしまった。まぁガンを飛ばした俺の顔を見てそれ以上関わろうとする人間はそうそういない。そう思っていたのだが、

「やっぱり!大きくなって、男前になったねぇ!月精ちゃんと上手くいっているかい?」
「は?」

聞き慣れた名前に毒気を抜かれてしまった。なんだコイツ、知り合いだったか?いや、エクソシストに声を掛けてくるくらいだ。AKUMAかもしれない。
立ち止まった俺に追いついたモヤシと監査官が不審に思ったらしく、首を傾げる。
それにお構いなしの婆さんはかなり嬉しそうで、なんというか、久々に子どもや孫の顔を見たという感じだ。モヤシの奇異な左目は反応していないし、様子からして極普通の一般人かもしれない。

「あれ、月精ちゃん連れていないのかい?残念だねぇ、久しぶりに顔を見たかったのに」
「へ?あの、月精のことをご存知なんですか?」
「ご存知も何も時々来てくれるんだよ。ウチを気に入ってくれたみたいでねぇ。お兄ちゃん達二人はあの子の友達かい?」
「う…、友達、です…」
「知り合いです」

友達という単語に勝手にダメージを食らっている様子に監査官が眼で溜息を吐く。ティムキャンピーは慰めるように尻尾で頭を撫で始めた。それを他所に婆さんは俺に向かって話しかけ続けるものだから意識をそちらに向けるしかない。つーか、俺のこと何で知ってんだ?無縁の領域の住人のはずだ。
訝しげな顔をする俺に気付いたのか、バシバシと人の腕を叩きながら大笑いする。

「本当、月精ちゃんの言うとおり覚えていないんだねぇ。五年前に一度あの子と来てくれたじゃないか。二人でAKUMAっていう機械に襲われて腰を抜かしたウチの亭主を此処まで送り届けてくれたんだよ」
「…いたな、そんな奴…」

記憶から廃棄寸前のものが引っ張り出される。
件の旦那は店の奥でせっせと甘ったるそうなものを作っているのが見えた。

偶々戦地で見つけた生きた人間は腰を抜かして動けずにいた。それに気付かなかった新藤が手を伸ばしてしまったために余計な仕事が増えたのだ。
否応無しに自宅への搬送をしなければならなくなったことを思い出して再びイラついてきた。ついさっきまで叩かれていた腕が今になって地味に痛む。
そんな俺の心中に気付かない婆さんは一度店に引っ込むと、満面の笑みを浮かべてオマケ付きで戻って来やがった。

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