「失礼しました」


職員室の扉を閉める。周りの女子男子全員が相手が悪いと言って、殴った男子も自分が悪いと言ったおかげで俺は注意だけをうけて退室した。流石に時間はかなりかかって昼休みは潰れたけど。
空気に違和感を感じる、空気だけじゃなく周りがぐるりと回る、俺の広い視界が一点を見つけた。


「…雫ちゃん」


俺が職員室に入ってかなりたつ、雰囲気から察するに、昼休みの間ずっとそこにいたらしい雫ちゃんは三角座りをして俯いていた。
俺の声にびくりと肩を震わせて、三角座りで無表情のまま、こちらをすっと見据えて口を開けた。


「高尾君、なんで殴ったの」
「…」
「なんで」
「…」
「なんで高尾君が、殴るの、」


声がどんどん小さくなっていく、三角座りもどんどん身を小さく固めて顔を埋める。
顔を埋めてしまったら何を言ってるか聞き取れないが、おそらく俺が殴ったわけをずっと尋ねているらしい。

雫ちゃんの前にしゃがんでも、小さく固まる雫ちゃんよりはかなり大きい。膝を抱えている手が震えているのに鼻を啜る声も途切れ途切れな台詞も聞こえない。


「私が高尾君を殴らせた」
「違うよ」
「違う事なんてない、私が泣かずに我慢していたら、私が高尾君の隣にいたから、」
「雫」


殴ったのは俺が殴りたかったからだ、何も知らないのにへらへらといった神経と、雫ちゃんを気持ち悪いといった嫌悪と、俺以外も雫ちゃんをみていた嫉妬。
ここじゃああまりにも場所が悪すぎる、震える彼女の手首を引っ張れば簡単に体が浮く、そのまま職員室のすぐ横の空き教室に入り鍵をしめる。
すぐにぺたんと座り込んだ雫を正面から抱き締めた。


「我慢しなくていい、俺の前で泣けばいい、辛いなら泣けばいい、雫は頑張りすぎなんだよ」


あの時も自分から苦しいとも辛いとも言わなかった、抱き締めた雫ちゃんはこんなに小さかったのかときつく抱き締めていた。
雫ちゃんが声を上げて泣いたのを、心のどこかで安心した、お願いだから頑張りすぎないで。



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