ボロ……年期の入った秀徳の一年生校舎の二階の第二音楽室は誰も使わない。あまり良い音はでないらしいが、たまにここで真ちゃんにピアノをひいてもらってる。


「高尾君」
「どうしたの、門田ちゃん」


素直に俺の一歩半後ろを歩いてきた門田ちゃんは素直に音楽室に入る。多分はじめから飲み物なんて買わないとわかっていたんだろう。
すっ、と小さな表情すら無くした門田ちゃんが俺をみる。
冷たい表情に少し驚いたが、目だけはそらさないであわせていた。
何かを伝えたい、けど、伝えない。俺が勝手に感じとった感情はそれだった。
小さく息を吸い、俺に聞こえるかどうかの小さな声で呟いた。


「笑いたい」


笑いたい。それが、門田ちゃんの夢だった。思えば、出会ってから、今まで笑いたいから俺の隣にいたというぐらいの、門田ちゃんの夢だった。
シュモクザメがサラリーマンをするわけでもない。ライオンと野菜を食べるわけでもない。カニとエビが合唱するわけでもない門田ちゃんの夢、希望。


「でも私は、高尾君や鶴ちゃんや緑間君がいれば、笑わなくてもいいとすら思うようになっちゃった。どうしよう」


ぽとん、と古びた木の床に滴が落ちた。焦げ茶色に染まった床から滴をたどれば、門田ちゃんが、無表情に涙を流していた。息をあげるわけでもなく、ただ滴が頬をつたっていく。


「もう笑えない」


大分前の一言欄に、笑う事を諦めた時が笑えない時。と書いていた事を思い出した。
門田ちゃんは、笑う事を諦めた?

それとも、


「雫」


自分の自己満足かもしれないと思った。それでも俺は言いたかった、言わなければとまでに伝えたい気持ちだったから。


「雫の笑う顔がみたい」


純粋にでた感情。と断言できる。

俺は、門田雫の笑った顔がみたい。
生まれた俺の初めての愛情は、間違いなく雫ちゃんに向けられたものだったと気づいた。

きっと雫ちゃんが諦めそうになったのは、愛情の受け入れ方がわからなかっただけだから。



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