『…おとーさん、嫌い』
『こら、そんな事いわないの』
『だって、おとーさんは、』


そもそも、仕事人間なお父さんとはあまり出会わないし、喋らない。最後に交わした台詞はなんだったかすら忘れている。

お父さんは嫌いだ。だっていつでも私の事を叱る、私の事を否定する。結局お父さんの罵声により私は習い事もやめてしまった。


「…お帰りなさい、お父さん」
「雫、そいつは誰だ」


低い声がリビングに響く、異常なぐらいに声が震えた。


「友達、だよ」
「……友達?」


背中に冷たい汗がつたっていき、独特の威圧感が空気を支配していく、“否定される”事が怖くて怖くて仕方がない。


「はじめまして、雫さんとは長く仲良くさせていただいています。高尾和成です」


隣で高尾君が礼儀正しく挨拶をする。なんとなく前が向けずに下を向いて高尾君の後ろに隠れた。


「あなた、お帰りなさい。雫が友達を連れてきたのよ」
「友達なんかいたのか」
「い、いたよっ、!!」


冷やかな視線と台詞。呆れた様に吐かれた溜め息、視界が少しだけ揺らいだ。

もうやだ、そう下唇を噛んでより深く下を向く、二度と前が向けないのかと錯覚するぐらいに今の私は滑稽だろう。
何かにすがりたくて高尾君の小指を握る。手の震えが全身に行き渡りそうなぐらいになった時、指を絡める様にして握り直された。


「…たかおくん」
「友達どころか皆からモテモテです!安心してください、雫さんは優しくて人気者ですよ!」


そう微笑を含めた明るい声に、私は何も言わず、ただ繋がれた手に力を込めた。
こっちが安心するよ、ほんと。


「貴方、折角雫のお友達が来てくれてるのよ、少しお話でもしましょう?」
「…くだらん」
「くだらなくなんかないですよ」


手を軽く引っ張られて背中から隣へと前に出される。
お父さんが帰ってきて、はじめて目があった。


「なによりも面白く美しいですよ、雫ちゃんの話は」



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