明らかに不機嫌になった雫ちゃんと、真剣な顔付きのお母さん、全力で見てない事にする客と店員、そして俺…


「絶対やだ、話す事なんてない」
「あるわよ、ほら、友達の事とか」
「話して何になるの!!」


ビリビリと耳が痺れるぐらいの大声が響く、肩で息をはじめた雫ちゃんがおもむろに立ちあがった。


「……そういう話なら後で聞く、帰って、お母さん」
「…そうね、ごめんなさい皆さん、迷惑をかけました」


ミルクティー美味しかったわ、と千円札を渡される。おつりを受けとらないまま雫ちゃんのお母さんは教室を出た。

静まりかえる店内、そそくさとお代を払い出ていく客、ピクリとも動かない雫ちゃん。

長い、時計の音がなかなか鳴らない、一秒が長く長く、汗が頬をつたっても、金縛りにあったみたいに動けない。
不意に、カラランと客がまた入るベル鳴り、ハッとした様に雫ちゃんが顔をあげた。


「ごめん、北本さん、すぐ仕事するね」


苦笑い。不器用に口角を吊り上げる彼女はぱたぱたと厨房へと戻っていく、今までの努力を全て嘲笑うような皮肉めいた笑顔、慣れた様に苦笑する、そんな笑いにきっと感情なんか込められていないのだろう。
きっと俺もどこかで不審がっていたのかも知れない。まだ年齢が二桁にも満たない頃に植え付けられたトラウマ、恐怖。
そんな小さい時から笑わない、正確には笑えない彼女を自分の子供を、なんで今まで、お父さんもお母さんも何も言わなかった?不審がらなかった?心配しなかった?学校に何も問い合わせなかった?
自分から出す、本能に近い自己防衛、慣れた苦笑、叫ぶほどに嫌悪を抱く父親。
詳しい事は予想もつかない。だけど、多分、おそらく、いや、絶対。

雫ちゃんは今まで、家族を心配させないように笑ってきたんだ。



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