「まっずい!舌が麻痺する!」
何がどうなってこんなダークマターのような禍々しい塊になったのかは分からない。だがたった数分前まで私の作っていたクッキーは普通であったということは断言できる。材料の分量を測って用意して入れて混ぜて練って冷やして焼いた。手順としては間違ってはいない。レシピどおりにつくっている。高尾君から聞いた誠凛の監督みたいにプロテインを混ぜ込んだわけでも無い。勿論プロテインじゃなくてもレシピに書かれたもの以外は混ぜ込んでなどいない。

ならどこで?

頭を捻っていると「うわっ、何これ暗黒物質?それとも暗黒大陸の一部?」後ろからけらけらと笑う失礼な声が聞こえた。
「…クッキー」
声の主はわかるため目もくれずに私はその散々な言われようのクッキーの残骸を見続ける。見続けたからと言ってそれが美味しくなるわけではないのだが。それだけでおいしくなるならこの世の全ての料理が三つ星級だろう。
「おう…クッキー…いや、ほら、味は見た目で決まんねーし」
フォロースキルが高い彼でもどうフォローしようか考えあぐね戸惑った様子だ。私の料理は末恐ろしい。
「見た目より味だぜ」
なんて言って彼は言うが早いか私の隣に立ちクッキー(だった物体)を一つ彼は摘み口に放る。瞬間彼の顔に張り付いていた笑顔が引き攣り手で口元を抑えた。しかしもごもごと口が動いているあたりがんばって咀嚼しているらしい。喉仏が上下に動いた。どうやらあの禍々しい物体を飲み込んだようだ。
「…美味しいかった!」
「目線を露骨にそらしながら言われても全然説得力ないし」
「個性的な味だった」
「無理にフォローしなくていいんだよ」
虚しくなるだけだしさ、と付け足せば彼は、高尾は一体どう調理したらこんな物体できるんだと失礼な事を悩んでいた。私が知りたいっつーの。
「なあ高尾ーう」
「なんだよマイハニー」
「うわマイハニーとかキモい古いうざい」
「何その俺の心を傷つける三段法」
「私の料理はどうしているも失敗すると思う?」
「うわ見事にスルーしたな」
「いいから答えろよ」
ぎゅむりと黒い靴下を履いた高尾の足をスリッパで踏み付けて脅すように急かす。高尾は最近素っ気なくない味気なくない?と何処かで聞いた歌詞のような言葉を並べてから顎に手を当て探偵のお悩みシーンの決まったポーズをとった。その姿がかっこいいなあとか様になってるなあとかは思ったけれど言ってやんない。絶対調子乗るもん。

「…んんんんー…愛じゃね?」

時間が一瞬だけ止まったような感覚に陥る。え、何こいつついに頭イった?前々からやばいとは思っていたけれどついに…。もう手遅れなのか。…なんて冗談はさておき。
「愛ィ?」
「そ、愛」
「ラブの?」
「ラブの。お前の料理にはずばり愛が足りないんだ」
真剣な顔をして迷信地味た言葉を発する高尾を私は半信半疑の眼差しで見つめる。「やん、照れる」体くねらせて頬抑えんな。おい恋する乙女みたいなポーズとってんじゃねえよ高尾。
「自然の恵みに感謝し材料を作った農家に感謝し加工を施した工場の人に感謝し卸業者の人に感謝し運送してくれた人に感謝し店員に感謝して作れば自然と料理もそれに応えてくれるはずだ」
「壮大すぎんだろスケールでかいわ」
「お前の料理はそれくらいしないとうまくなんねぇんだよ」
「何気に今私のクッキー不味いって言ったよね」
高尾はばれたかなんて言いながら目線をまた逸らす。ばればれだって。
「だからそう、愛を込めて言うんだ」
「何を」
「全てに感謝しながら愛を込めて」
「だから何を」
「和成愛してる!って!…あ、ナチュラルに包丁向けんのやめよーな」
「…ふざけんなよ。私わりとマジで悩んでんだから」
料理できないとか女子にとっちゃ死活問題だからな!お前が将来私のヒモになって…って言ったら言い方悪いな。今風に言う主夫ってやつになって私が稼ぎ頭になるならともかく。けれどそれじゃあお互いの親に顔向けできないだろう。恥ずかしいわ。
「まーまー。けど物は試し一回くらい言ってみようぜ、な?」
「高尾が言って欲しいだけでしょ」
「それもそうだけどな、ほら、いいから一回くらい!」
目の前の彼氏が必死すぎて憐憫の視線を向けると彼氏は今にも泣きそうな顔をした。だからやめろって気色悪い。
「…高尾、愛してる」
「………あ、はい」
私が恥ずかしさを堪えてこっぱずかしいセリフを言ったっていうのに高尾はなんだか拍子抜けしたような顔をしてあ、はい。と言っただけだった。なんなのだ、もう少し大袈裟な反応を返してくれもいいのではないだろうか。これでは私が気不味くなるだけだ。
「…お、」
「お?」
「俺も愛してる!」
アイドルスマイルきらりんっ。まるでそんな文字がつきそうなほどの満面の笑顔の高尾。そしていきなり私に抱きつく。高尾は嬉しくなったり感情が昂ぶったりすると抱きつくという変な癖みたいなのがあるのは今に始まった事ではない。だから慣れた様子で私もはいはいと抱きしめ返す。高尾のその気持ちは素直に嬉しくぎゅうと抱きしめられた感覚はとても心地いい。けれど。
「結局料理が高尾に愛してるって言ったから美味しくなったわけでもないよね」
「いや、そんなことはねぇぜ?」
「じゃあどんなことがあるんだよ」
高尾は私の耳元で囁く。テノールとアルトの間の高尾の独特な声のトーンが頭を侵食するように蝕むように流れ込んでくる。
「結婚しよ、俺が全部やるから」
そしたら、美味しい料理食わせてやるしさ。
「本末転倒じゃん」
「バッサリ斬った!いい雰囲気だったのに!」
様は先程私が言ったように主夫に、ヒモになるということだろう。かっこつけてなに言ってんだこいつ。
「高尾に相談した私が馬鹿だった。地道に自分で頑張る」
背中に回された高尾の手をほどきつつ私は再び台所に立つ。高尾が頑張れ〜と呑気に手を振ってくれる。その高尾の声援でほんの少しまた頑張ろうって気持ちになれたっていうのはきっとあいつを調子に乗せるだけだろうから言ってやるもんか。
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