06
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無意識に掴んだその手首は、うろ覚えだった記憶の通り、驚くほど細く、 そしてひんやりと冷たかった。
昨日の帰り道、悠太が「あの、いつも図書室にいる先輩なんていう人?」なんて聞くから、ちょっと興味があったりするのかな?なんて思っていたんだけれども、まさか、こんなところに連れてくるだなんて。意外。すげー意外。なんなの悠太。
それにしても、図書室以外の場所で彼女を見るのは、これが初めて。明るい日光の下で見ると、色の白さと線の細さが際立って見え、ちゃんと食べてんのかな?と疑いたくなるような様子ではあるのだが、目の前の先輩はそんなオレの思いを知ってか、知らずか、春の作ったマドレーヌを笑顔で頬張っている。
「そういえば先輩、今週はずっと図書室にいますよねー。お当番は週代わりなんですか?」 「ああ、、、週代わりってわけじゃないけど明日で終わり、です。」 「でも、うちの学校って図書委員は、」 「あ!要くん、プリント飛びそう!」
要が何か言おうとしたのを遮るようにして、設楽先輩が小さく叫んだ。 教科書に挟んでいた現国のプリントが風に舞い、あともうちょっとで金網の向こうへ飛び出そうというところを悠太が捕まえる。
「あぶねー、あぶねー。悠太、サンキュ。」 「いえいえ、どういたしまして。何これ?雨にも負けず?」 「わ。授業の方も宮沢賢治なんですね!」 「そうなんだよなー。祐希の課題選びも、先生受けとしては間違ってなかったっつーか。」 「そうそう。オレはいつでも先を見通してますよ。」 「嘘つけ、絶対何も考えてなかったろーが。」
要が相変わらずグダグダといちゃもんをつける中、設楽先輩が悠太の持ってるプリントを、オレの渡したポテチを食いながら覗き込んでいる。
ああ、もう、ちょっと近いですよ。二人とも離れてくださいよ。
って、あれ?これはどっちに対して思ってるんだろう。悠太?先輩??
「しっかし、こんな人になりたいかねえ?」 「東に病気の子供あれば行って看病してやり、でしょ?」 「西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、、、だってよ?要。」 「俺に言うなよ!」 「南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい。」 「北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい。」 「お前ら、なに回し読みしてんだよ!」 「それにしても、一日に玄米4合って多くないですかね?」 「そうですねえ。ちょっと食べ過ぎですよねえ、、、」
あーあ、もう、食べ過ぎの話なんてどうでもいーじゃん。先輩が苦笑いしてるじゃないよ。 と、そこで悠太が、苦笑いのままポテチを食べている先輩に向かって、質問。
「これって禁欲とか自己犠牲とかがテーマの詩ですよね?」 「え?」 「いや、だから、雨にも負けず。」 「ああ、、、そう、かなあ?」
設楽先輩が、曖昧な笑顔で適当な返事をした、ちょうどそのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。みんながバタバタと教室に戻るのを最後尾で眺めつつ、目の前で背中を向けている先輩に声をかける。
「ねえ、先輩の解釈は?」
ビックリしたような顔で振り向き、さっきと同じように曖昧に笑う。
「えーと、、、自己犠牲?とか??」 「うそつき。」
困った顔で笑っていた先輩は、少し考えた後、酷く真面目な顔でこう言った。
「神様との取引の詩、かなあ。」
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