05
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どうやら祐希くんがながめていたのは、「春と修羅」の中にある小岩井牧場の部分。「ラリックスって、なんですか?」と、てっきりわたしが質問されたのかと思って振り向いたら、向こうも驚いた顔をしていたので、あれはたぶん独り言だったんだなあ。ま、別にいいんだけど。
小岩井牧場の一節は、宮沢賢治が農場への道を歩きながら、目についた季節や景色の美しさ詠いあげていくうちに、段々、自分自身の内面へと向かって行くのだが、、、なんにしろ、高校生男子がさらりとレポートを書けるようなものではないと思う。
なぜなら彼は小岩井牧場で、自分の内面の行き着く先、 世界の果てを見ているのだから。
さて、昨日までの雨とは打って変わって、今日は抜けるような青さの晴天。
学食で軽いお昼を食べた後、パックの烏龍茶を飲みながら屋上に上がる。二年の時にはたまにここでお昼を食べたりもしてたけど、今年になってからは初めてかも。
階段を登りきったあたりで、話声が聞こえたので足を止めた。
先客がいるのかな、、、どうしよう、と、引き返そうか迷っていると、階段の下から「あ。」という声が聞こえて振り返る。
祐希くん?、、、じゃ、ないな。ちょっと雰囲気が違う気がする。お兄さんの悠太くんの方か?
「あの、、、設楽先輩、ですよね?」
急に名前を呼ばれてビックリする。
「え?あれ??なんで、、、名前、、、」 「ああ、昨日、祐希から聞いて。」
ますますわけがわからない。祐希くんにだって、もちろん名乗った覚えはないんだけれどもな、、、
すっかり困惑顔のわたしに、悠太くんの後ろにいた髪の長い男の子が、「あのー、ボク、マドレーヌ作ってきたんですけれども、良かったら一緒にどうですか??」と声をかけてくれた。
マドレーヌ?高校生男子がマドレーヌ??
さらに謎は深まるわけだけれども、流されやすい体質なので、そのまま悠太くんの後ろをついていくことにした。マドレーヌ男子は「春くん」と言うらしく、並んで歩くとますます女の子に見える。
そして、なんとなく予測していた通り、屋上にはすでにお弁当を食べ終わってくつろぐ祐希くんと、要くんの姿があるわけで。
「あれ。なんで悠太が図書委員長と一緒なの?」 「ん。今、そこで会ったから。」 「マドレーヌ、一緒に食べませんかーって、誘ったんですよう。」 「へえ。」 「あ、俺も食べる。」 「えー、要はお母さんに作ってもらいなよ。」 「あ?お前こそ一人でポテチ食ってろ!」
男友達がマドレーヌを焼いてきたことに関しては、誰もつっこまないの?などと思いつつも、勧められた場所に腰を下ろし、タッパーの中からマドレーヌを一つ頂く。
「あ、、、美味しい。」 「え!ほんとですかー??うれしーなー!」 「うん。本当に美味しい。お料理、上手なんだね。」
春くんとそんなやりとりをしていると、隣に座っていた祐希くんが、持っていたスナック菓子の袋を「これもあげます。」と丸ごと渡してきた。
「え?これ?」 「あげます。」 「あ、、、はい。どうも。」 「もっと食べた方がいいですよ。ちょっと細すぎる。」
「何が?」と聞き返そうとしたそのとき、隣から祐希くんの手が伸びてきて、手首をキュッと掴まれた。
え?
「ちょ、祐希、何してるんですか。困ってますよ。」 「え?ああ、ゴメン。」 「や、お兄ちゃんじゃなくて、先輩に謝りなさいね。」 「そっか。」
祐希くんは掴んでいた手をパッと離すと、小さな声で「スミマセン」と言った。
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